データ流通市場の歩き方

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【イベントレポート】デジタル文化とワークプレイスの近未来──第4回データ流通市場の歩き方(後編)

第4回データ流通市場の歩き方セミナーバナー

 

ビジネス・学術それぞれの現場から、新しい「仕事場」のあり方を捉え直すミニシンポジウム「デジタル文化とワークプレイスの近未来──第4回データ流通市場の歩き方」が開かれました。慶應義塾大学総合政策学部准教授の清水たくみさんより、デジタル投資を有効活用する組織についてお話いただきました。

後編では、株式会社イトーキ 先端研究統括部統括部部長の大橋一広さんより、デジタル時代のワークプレイスと組織文化について語っていただきます。

(※記事中の役職名はセミナー開催当時のものです)

 

blog.j-dex.co.jp

 

『明日の「働く」を、デザインする。』

大橋一広(株式会社イトーキ 先端研究統括部部長)

イトーキの大橋と申します。どうぞよろしくお願いします。コロナ禍のワークスタイルの変化を受けて、オフィスのあり方や役割が激変していることも踏まえつつ、新たなオフィス像とワークプレイスの未来についてお話できたらと思います。

 

はじめに、イトーキについてご説明します。イトーキは1890年に創業し、130年経ちました。創業当時は「伊藤喜商店」として、発明品特許の商業向け商品、その後、オフィス家具の製造販売を行っていましたが、それから空間設計やデザインへと領域を拡げ、昨今ではICTをはじめとするオフィスワークに必要な情報デザインやワークスタイルのデザインを行っています。どの事業にも通底しているのがイトーキのミッションである『明日の「働く」を、デザインする。』ということです。オフィス家具の販売だけではなく、みなさまの次世代の働き方をデザインすることが私たちの生業です。

 

www.itoki.jp

 

私自身は、イトーキで博物館のような公共・文教施設の企画・内装のデザインを、10年程手がけてきました。それから世の中でデジタルとアナログの融合が叫ばれるようになって、いわゆるサイバーフィジカルの領域に足を踏み入れました。

 

近年では、物理的な空間のなかにいかにICTのようなテクノロジーを組み入れていくべきかを、多くの大学やメーカーと連携しながら研究・開発しています。とりわけ、VRのような近未来のコミュニケーションを、オフィスや会議室、文教施設の空間やデジタル画像・音響と連動させたり、物理空間のデータをIoTでデータ化してAIに分析させて現実にフィードバックしたりといった先端的な技術を用いた研究・開発が中心になってきています。

 

働き方とオフィスの変化

大橋

この分野の先進的な研究を進めると、オフィスを取り巻く外部環境の急激な変化を肌で感じます。もともと働き方改革の流れがあったのですが、さらに、ニューノーマルやウィズコロナの時代状況になったことで、テレワークをはじめとする新しい働き方が加速し、定着してきています。

 

オフィスの歴史を振り返ると、昭和や平成のオフィスは、個人がデスクワークをするための場所であったり、会社に所属する社員や関係者が話し合う会議室であったり、いずれもデスクと会議室が主役でした。また、オフィス内の情報通信の装置、モニタや電話の技術革新よって、オフィスも変化し、設計されました。

 

それがコロナ禍では、ワーク・フロム・ホームや在宅勤務が叫ばれるようになり、もちろん、イトーキも例外ではありません。緊急事態宣言下(2021年)の日本橋・東京本社では、800人のナレッジワーカーのうち、出社しているのはおおよそ30%以下です。しかし、同時に清水先生も言われていたように、GAFAをはじめとするアメリカの大手企業ではリターン・トゥ・オフィスの計画の動きもある。一方では完全リモートでいこうという会社もあれば、もう一方ではオフィスに集まってチームワークでいこうという会社もある。

 

今後、少なくともコロナ禍以前と同じように完全にオフィスに戻ることは想定できないと考えています。会社の業務や仕事の仕方に応じて、いかにパフォーマンスを最大化するかが大切だと思います。我々は、これからの働き方やオフィスのあり方を描くうえで、次の3点が重要だと考えています。

  1. 協働的な働き方クリエイティビティ(創造性)を高める
  2. AIを始めとするICTと人間が協調してプロダクティビティ(生産性)を上げる
  3. 個人と組織、社会の三方良しのウェルビーイングをつくっていく

これらを現実に適用していくと、ハイブリッドワークのような感じになってくるかなと思っています。

 

アクティビティ・ベースド・ワーキング(ABW)

大橋

こうしたハイブリッドワークを実現するためには、具体的にはどんな場所が望ましいのでしょうか。そこで我々が提唱しているのがアクティビティ・ベースド・ワーキングです。これは、働くという活動基点で仕事を行うという考え方です。働く人は、いわゆるオフィスだけではないですよね。家で、シェアオフィスで、あるいはサテライトオフィスで働く人もいます。これから必要になってくるオフィスは、働き方に応じて仕事ができるようにデザインしていく必要があるでしょう。

 

そのためには、分散と集合、個人ワークとグループワーク、そしてサイバーとフィジカルをうまく混ぜ合わせる必要があると考えています。たとえば、リモートワークが増えて働く時間も「分散」していくと、みんなが協調して働くことが難しくなります。リアルなオフィスに「集合」していれば、近くの同僚に、すぐ声をかけられるかもしれませんが、働く場所も時間もバラバラになっていくと、スケジュール調整ひとつとっても大変です。こういうマネジメントの領域にまで考えをめぐらせなければならない。

 

また、一部は分散オンラインで一部は集合対面で、同時に参加するというハイブリッドな状態が今後増えるはずです。そんな多様多拠点の会議様式があったとき、いまのテクノロジーでは、集合対面で会っている人は密にコミュニケーションが取れますが、反対にリモート・オンライン参加している人はどうしても疎外感をおぼえますよね。そこでどうしたら参加者全員が不公平でなく対等なコラボレーションが可能な環境をつくることができるでしょうか? こうした問いが、今後のオフィスデザインのなかでは非常に重要になります。

 

「分散」でも「集合」でも、「オンライン」でも「オフライン」でも、不公平なく、対等なコラボレーションができる環境。オンラインとオフラインをつなぎ、場所や距離、空間と時間を超えたオフィスの設計。それを実現するために、これからのオフィス投資はデジタル領域と接近していくと考えています。

 

コラボレーションするオフィス

上島邦彦(株式会社日本データ取引所)

物理的な場所としてのオフィスは、デスクワークや業務のためではなく、コラボレーションを育む役割を担う。そこで生まれた関係性が創造性につながり、企業の業績にも直結する。では、そのために必要な空間設計とはどのようなものでしょうか。

 

大橋

まず、さまざまなオフィスをクラウドを介して結びつけるデザインが必要です。たとえば、自宅でのホームオフィス、自社の支店・他拠点などのサテライトオフィス、異業種とコラボレーションできるシェアオフィス、そして鉄道や車など移動中のモビリティオフィス。みんなが集合する拠点のコア・オフィスは、これらと強く結びつき、オフィススタイルや場が拡張します。

 

次に、在宅ワークとオフィスワークのように、これまで相反するように思われてきた働き方を融合させることです。まさにハイブリッドワークですが、きちんと機能するためには、異なる働き方をする人同士がデジタルでつながっている必要があるし、チームのなかに関係性や信頼が育まれていなければなりません。集合するオフィスにはこうした取り組みを支援する役割があると思います。

 

最後に、新しいビジネスの展開を支えることです。コロナ禍やDXの動きなどから、個人も社会も価値観が大きく変わってきています。そこで企業は新しい分野で事業を考えることと、既存の事業領域での強みを深堀りすることの両方をやっていかないといけません。それを担う従業員のリスキルや、リカレント教育といった学び直しも必要です。オフィスは、その「学びと成長」に貢献し、ともにビジネスの拡大を図る存在にならなければならない。

 

以上の3点を意識しながら空間設計をしていくことが大切だと考えています。

 

創造性の高い組織に共通点はあるか

 

大橋:こうした考え方のもとになるのは、私自身が国際大学GLOCOMの研究員として研究参画した「創造性の高い組織に共通点はあるか(イトーキ・国際大学GLOCOM共同研究)」というリサーチです。アンケートやヒアリングによる調査を行うなかで、創造性の高い組織にみられる共通点が8つ見えてきました。

 

work-lab.itoki.jp

 

1つ目は「仕事を楽しんでいること」です。自分から仕事を楽しむ姿勢が、チームや組織全体の創造性を高めているということです。

2つ目は「プロジェクト化」です。プロジェクトチームを組み、みんなで仕事に取り組むことで創造性が高まります。

3つ目は「気軽に、細やかにコミュニケーションを図ること」です。あらゆるコミュニケーションが創造性に寄与しているということがみえてきました。

4番目は「本来の自分をさらけ出せるような雰囲気をつくること」です。いわゆる、心理的安全性の高いチーム。気兼ねなくお互いの感じていることを言い合えたり、批判も含めて考えを伝えられたりすることが創造性を高めています。

5番目は「コミュニケーションスタイルの違いを活かすこと」です。ダイバーシティにかかわることですが、たとえばジェンダーや世代によってもいろいろ特性があるでしょうし、そうした多様な人々がチームに加わることでコミュニケーションにも変化が起き、創造性につながるのです。

6番目は「リーダーが高い目標に取り組むこと」です。リーダーシップ論のなかでは、さまざまなスタイルのリーダー像が議論されていますが、この調査ではリーダー自身が高い目標に向かい、手本になるようなチャレンジをするところを見せているチームは、創造性が高いという結果が出ました。

最後に、7番目は「空間的な環境がいいこと」、8番目は「経営のビジョンと個人のビジョンをすり合わせていること」でした。

 

8つの共通点のなかでも興味深かったのは、3番目「気軽に、細やかに、コミュニケーションを図ること」です。どこがおもしろいかというと、チーム内のあらゆるコミュニケーションが創造性につながっているという結果が出たところにあります。この調査ではコミュニケーションを対面か非対面か、仕事に関係する話かプライベートに関係する話かという4つの事象に分けたのですが、どれも大切だったのです。

 

たとえば、対面かつ仕事に関係する話、つまりオフィスで仕事の話を多く気軽にしているチームはもちろん創造性に有効に作用するスコアが高かった。また、非対面かつプライベートに関係する話は、SNSなどで趣味や遊びのような直接仕事に結びつきそうにない話をしているチームもスコアが高かった。そして、さらに興味深いのは、対面でそういったプライベートな話をしているチームよりも、さらにスコアが高かったのです。個人的なことは意外とバーチャル上で話すほうがいいのかもしれないというわけです。

 

さきほどオフィスの設計においてリアルとバーチャルの融合が大切だという話をしましたが、この調査結果はその考え方とも関係しています。すべてを対面に戻すのではなく、さまざまなシーンや話の内容、文脈、相手によって柔軟にコミュニケーションのデザインを変えていくことが大切。そういうオフィスを構想していく必要があるなと改めて理解できました。

 

ハイブリッドワークを支え、文化資本を醸成する未来のオフィス

大橋

最後に、先ほど清水先生は、デジタル投資の文脈で、組織文化や文化資本の重要性について話されていましたよね。オフィスもまた、関係性を育み、文化を醸成する場所になっていくと思います。ただ業務をこなすのではなく、そこに行けば学び、成長できる。創造性が最大化されるような場所です。

 

たとえば、産学連携の拠点となる新しいワークプレイス、キャンパスオフィスや、オフィスのキャンパス化が進むのではないでしょうか。組織文化を考えるうえで、新しいスキルや態度を学び、育む機会は外せません。そうした成長の場は、大学とも相性がいいのではないかというわけです。大学と企業のオフィスが一体化していくというビジョンは、さらに具現化すると思っています。

 

上島

チームやスキル、ビジネスに変化が起こるとき、オフィスやワークプレイスも変化していきます。現代であれば、リアルかバーチャルかを問わず、あらゆるところで新しいものを学び、成長し、つくっていくことが求められている。未来のオフィスは、デジタルやクラウドとも深く結びつきながら、ハイブリッドワークや文化資本の醸成に貢献する場所でなくてはならないでしょう。

 

現場目線のハイブリッドワーク

上島

大橋さん、ありがとうございました。清水先生の研究とも近いお話だったのではないでしょうか。

 

清水たくみ(慶應義塾大学総合政策学部准教授

お話ありがとうございました、まさに密接にかかわっております。最後にお話いただいたハイブリッドワークの文化づくりというところは、研究だけでなく実践としても関心があります。というのも、私はいまリモートで、つまり対面を介さずに大学で研究室を運営しています。これが非常に難しく、単純にメンバーが仲良くなるだけでも一苦労ですし、さらに研究室という組織に文化やカラーをもたせていくとなると大変です。これまでいかに対面のインタラクションに依存して組織が運営されていたか身を持って体験しているところです。

 

そこで最初に伺ってみたいのは、大橋さんの経験のなかで、リモートワークやハイブリッドワーク、サイバーとフィジカルの組み合わせをうまく活用できている事例があるかということです。いかがでしょうか。

 

大橋

私自身はもちろん、チームも組織も、協業パートナーさんとのプロジェクトも、ハイブリッドワークやサイバーフィジカルなシステムの効果や優位性評価は、まだまだ模索中という感じです。まず現状としては、先ほどお話ししたようにイトーキでは30%オフィス出勤を実践中ですから、対面でのコミュニケーションがぐっと少なくなりました。そこでストレスを感じたり、チーム内のコミュニケーション不足であったりといった課題が出てきています。徐々に、これまで対面で育まれた関係性の貯金のようなものが崩されていく感覚もあります。ここ2年に入社した新入社員は早々にオンラインですから、先輩からOJTで体験を見て学ぶということも難しい。実証試験的に新しいスタイルをトライしながら、悩みながらハイブリッドワークを進めています。

 

現場で大切だなと思うのは、やはりラフなコミュニケーションです。カフェで休み時間にしていたような会話を朝の雑談チームオンラインでやったり、カジュアルなお昼のチャットをしたり。今回のこのイベントもかしこまった発表や会合というよりは、ラジオで話を聴くような感じで、と企画にあったので、いいなって思いました。そういうコミュニケーションが必要だと実感しますね。

 

大橋

それから、『時間』の概念、考え方をどのようにコントロールするかが、一層重要になると思います。オンラインになると、休憩や移動の時間がなくて、次から次へと会議ができてしまう。リラックスできる時間もなく、以前より仕事が複雑で過密になっています。マネジメント層が働き方の多様性を認め、それぞれが働きやすい環境をつくることが必要です。コミュニケーションの心理的安全性を守り、文化的な土壌を育てていくことが必要ですね。

 

上島

経営者から管理職、従業員までみんな悩んでいますよね。弊社もみんな勤勉なので、昔でいうタバコ休憩や化粧直しといった気を抜く時間がなくなっています。意識的に取り入れないと、組織として考え方が固くなってしまいますよね。

 

知の交流が事業変革に求められる

上島

大橋さんからは、学ぶ場と働く場が混ざり合うために、大学と企業がいかに対話できるかという問題提起もいただきました。清水先生、どういう仕組みがあると効率的でしょうか。

 

清水

今現在大学に所属する身として言うと、大学は情報発信に力を入れる必要があると思います。こういうイベントもそうですし、インターネット上での情報公開、プレスリリースを打つといったことなど。じつは大学には事業に直結する研究が数多く眠っていると思います。それをいかに外に開いていくかが鍵であり、ビジネスの現場にいる方々に大学でやっていることを少しでも認知・理解していただくこと/その仕組みの構築が重要だと考えています。

 

反対にビジネスサイドでは、アカデミックな知見をどう事業にいかすかという視点が大切だと思います。カナダの大学にいたころ、大学の知を事業につなげるアクションが日本よりかなり多いと感じました。大学の研究者はあくまで学術的・抽象的な知見を創出することに強みがあり、それを個別のケース(特定の会社や事業等)に適用してプロダクトや収益につなげることを得意としているわけではありません。当然そのような活用は実務家の皆さんが主戦場とするところであり、学術的に生まれた/生まれうる知見が自社にとってどのようなメリットがあるを判断し、活用できるようになると、それをしていない会社と大きな差別化をはかることができるようになると感じています。

 

大橋

共感します。私どもの会社もパートナー会社もそうだと思いますが、新規ビジネスをつくるうえで、既存の技術やスキルだけでは難しい。日本を代表するような大手メーカーであっても、事業ドメインや従業員の仕事や技術を大きく変えている時代ですからね。大学と企業が連携し、新しい知見が入ってくることが大切だと思います。たとえば、クロスアポイントメント制度のように、企業自体が大学の研究室に入っていくような人材交流や、産学共同研究からビジネス起業をしたり、副業・兼業化したり、大学の研究員や学生が企業の開発員になったりといった動きも大切だと思います。

 

上島

話は尽きませんが、時間がきてしまいました。最後に少しだけまとめをします。このイベントシリーズはデータ流通市場の歩き方と題していますが、今日のお話は情報システム部門やデータサイエンス部門に限られたものではなく、企業経営全体を視野にいれたものになりました。大橋さんの資料にあった分散と集中、同期と非同期が入り混じるハイブリッドワークを、具体的にどのように実現するかという問いは、単に組織のデジタル化を進めるだけでは不十分ですからね。

 

これに答えるうえで、清水先生のおっしゃった、ハードとソフトを分けすぎない「Sociomateriality」、それから大橋さんがおっしゃったリアルとバーチャルが溶け合う「Cyber-physical system」といったキーワードが鍵を握ると思います。さまざまなストレスに対してチームがどのように振る舞うかという「可塑性」や、さまざまな権限や資本、情報があちこちに複数存在する「多数性」が重要だと私も考えていたことがあって、清水先生がおっしゃったシェアード・リーダーシップは、まさにこれだと思いました。

 

今日の議論では、組織の「働き方」を変えていくうえで、経営改善からソフトローの調整、人事制度の変更、さらには組織と組織の連携といった複合的な施策が必要であり、データ活用もまたその手段のひとつだということが見えてきたと思います。おふたりとも、長時間ありがとうございました。

 

編集:瀬下翔太

協力:森実南

企画・制作:「データ流通市場の歩き方」編集部