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データの民主化とその活用 『地理情報科学――GISスタンダード』書評【連載:Jdexの本棚から】

Jdexの本棚から連載バナー

はじめに

Jdexがおすすめの本を書評・紹介する連載「Jdexの本棚から」。今回はライターの正尾裕輔さんに、『地理情報科学――GISスタンダード』(古今書院)について書いていただきました!

「地理情報科学」とはどんな学問?

実生活には膨大な量の情報が溢れています。そのすべてを土地勘や知識だけで把握するのは現実的ではありませんので、誰もが簡単かつスピーディーに活用できるような道具・サービスの需要は高いです(言うまでもないことですが)。

例えば、食事に出かけるとき、現在地の近くにどれだけの飲食店がどこにあるかを視覚的にパッと把握できればとても便利です。そうしたスマホアプリを利用されている方も多いのではないでしょうか? また、知る人ぞ知るサイト「大島てる物件公示サイト」は〝事故物件〟がどこにどれだけあるかを地図と紐付けて紹介していて、大きな注目を浴びています。

つまり、「どこになにがあるか・あったか」という膨大な情報を簡単に取得するには、地図と求める情報を紐付けて管理・運用するシステムが不可欠です。「地理情報科学GIS: Geographic Information Systems)」とは、簡単に言えばそうした技術を支えている学問です。

『地理情報科学――GISスタンダード』の内容

www.kokon.co.jp

本書は地理情報科学の初学者向けの教科書です。この学問の歴史や概念に始まり、データのモデル化・形式化・処理方法・分析方法・視覚化の技術的な解説、そしてどのような形で社会に貢献できるかが記述されています。全30章で構成されており、それらは大きく6つのトピックに分けられます。

  1. 実世界のモデル化と形式化
  2. 空間データの取得と作成
  3. 空間データの変換と管理
  4. 空間解析
  5. 空間データの視覚的伝達
  6. GISと社会

GISが現在どのように活用されているか」を知りたい方、特にビッグデータクラウドの活用・人材教育に興味があるビジネスパーソンには「GISと社会」(25章〜30章)から読んでみると、全体の見通しがよくなります。

地理情報科学の歴史

簡単にその歴史を見てみましょう。

地理情報科学は膨大な量のデータを扱い、かつ検索性の高い整理方法の開発が必要だったため、その歴史はやはりコンピュータの発展と共にありました。

地理情報科学の概念が生まれたのは1950年代、アメリカ空軍によってレーダ上の飛行物体を識別する対話型コンピュータ・グラフィクス(SAGE:Semi-Automatic Ground Environment)が開発され、これがGISの起源と言われています。1960年になると国や行政機関が業務効率化のためGISの開発に取り組み始め、様々なソフトウェア、処理技術が開発され、1980年になるとワークステーションで作動する汎用性の高いものが市場に登場するようになりました。

ただこの当時、まだ「地理情報科学」は学問として認識されていませんでした。

学問として「地理情報科学」が認知されたのは1992年。アメリカの国家地理情報分析センターのグッドチャイルドが「GISystem(地理情報システム)は実世界を理解するためのツールであり、GIScience(地理情報科学)は地理情報技術の発展を支える普遍的なサイエンスである」と呼びかけたのがその芽生えとなりました。そして2000年代に入ると、人文社会学から理学、工学といった様々なバックグラウンドを持つ研究者が集まる国際会議なども活発化し、学際的な性格を強めていきました。

緊急時に効果を発揮するGIS事例――コロナ禍での活用

地理情報科学が多くの研究者・開発者を集めた要因は「コンピュータの小型化・高性能化」と「学際的(分野横断的)」の2つではないかと私は考えます。

21世紀に入ると、個人向けのパソコンで作動するGISソフトウェアも増え、基礎知識さえあれば誰でも気軽に扱えるようになりました。例えば、私たちが普段から気軽に使うものであれば「食べログ」などがあり、また本書では2011年東日本大震災直後に活動した「simsai.info」など、クライシスマッピングと呼ばれる活動がGISの重要な社会貢献の例として挙げられています。そして地理情報科学が分野横断的な学問であるからこそ、多くの人が集まり、多種多様なデータの収集を大規模に行えていると考えられます。開かれた場に多くの情報が集まるというのは現在のSNS全盛の時代とも相性がよく、こうした動きは「データの民主化」と呼ばれることもあります。

前述したクライシスマッピングとは「自然災害または政治的混乱等で危機的状況となった地域へ詳細で最新の地図情報を提供する活動」のことです。誰でも分け隔てなく参加できるため、情報収集に大量の人材が投入でき、またSNSを使った複数対複数の情報交換が可能になるなど、リアルタイムに近い情報が必要な状況に対応可能な仕組みを有しています。
現在、GIS新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の状況把握のためにも活用されています。ジョン・ホプキンス大学のシステム科学工科センターは、世界地図に感染者数・死亡者数・回復者数といった情報を紐付けたダッシュボードを公開しています(図)。

図:ジョン・ホプキンス大学による新型コロナウイルス感染症感染状況のマッピング

クライシスマッピングで定義される危機的状況では、迅速かつ正確な情報の取得が肝になります。それは現場での対応・注意喚起のみならず、数理モデルを使った今後の動向予測・被害状況分析などの研究、未来に起こる危機的状況への対策のための貴重なデータです。


以上で紹介したように、本書は地理情報科学の歴史・仕組み・活用事例をカバーしています。

最後におすすめしたい書籍が、韓国の経営戦略コンサルタントのキム・ヨンソプによる『アンコンタクト  非接触の経済学』です。新型コロナウイルス感染症の世界的な流行により現在「非接触」が世界的にも重要なキーワードになっているなか、コミュニケーション・経済・医療・宗教・政治などのありかたの変化が考察されています。

技術の活用は、扱う情報の性質・世の文脈と分かち難い関係を持っています。技術の進歩や世の中の動き・トレンドは日々変わりつつありますので、現実に活用していくためには世の中の流れにおける位置付けがポイントになります。


(文責:正尾裕輔)