データ流通市場の歩き方

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地図とモビリティの未来 #1 遠くまで、歩きたくない──「移動」にまつわる人類史

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 標準化やデータ取引、分析ツールのオープン化が先行する地理空間情報の世界で、日本の基幹ビジネスは何を夢見ているのでしょうか──?

本連載では、データ流通市場に関連する用語や、業界動向を解説しています。前回まではデータ流通市場の概要についてお伝えしましたが、今回からは分野ごとに解説していきます。

最初の話題は「モビリティ」そして「地図」。道路交通ビジネスの歴史を振り返りながら、モビリティの未来と地図データの課題を考えていきましょう。

人は一生で地球を何周する?

毎日の通勤や買い物から、家族形成、就職/転職、住居購入や老人ホームへの入居、また内戦や気候変動といった長期的な要因まで、人びとは様々な理由で移動しています。移動それ自体がエンターテイメントにもなります。仮想現実(VR)や複合現実(MR)を通じ、いながらにして移動を疑似体験することもできます。

人間は一生の間にどれだけ移動するのでしょうか。筆者の歩数計データに基づく歩行距離は年間2,000kmで、20年で地球を1周する計算です。幼少期や後期高齢期の歩数が減っても、生涯でざっくり地球3周はするのでしょう。国内では交通費月平均6万円分、昨年は海外旅行で18,726km分の飛行機の移動も加わりました。何年後かに宇宙へいけるようになったら、さらに距離を稼いで、地球を何十周もするようになるかもしれません!

図表 1 移動の類型例とサイトマップ

図表 1 移動の類型例とサイトマップ

原始、人はなぜ「移動」したのか?

そもそもなぜ、人は移動するのでしょうか。人類は鳥類のように飛んだり、ネコ科のように疾走したり、魚類のように泳いだりもできません。だからこそ、一度に沢山の距離は無理でも、アフリカ大陸から20万年かけ、より暮らしやすい環境を求めて世界中に拡散したといわれます。

 皮膚の脆弱な人類は、衣類で体温を制御しながら、繰り返された気候変動に耐え、洪水や干ばつから逃れ、より豊かな食料が安定して確保できる土地を目指して、大規模な移動を繰り返したのです。乾燥や寒波で動物たちの死骸が手に入りやすい、中高緯度帯を目指したという説もあります。

blog.sizen-kankyo.com

「動物に乗る」民族の登場

やがて人類は、紀元前40世紀頃から馬を家畜化し、紀元前35世紀には車を引かせ、紀元前10世紀頃には騎乗して移動距離を稼ぐことを覚えます。サバ王国(イエメン)の女王が、数多くのラクダに黄金や香料を積んで、アラビア半島を縦断し、2,000km離れたヘブライ王国パレスチナ)のソロモン王を訪問したという伝説があります。 [類グループ]

紀元前8世紀には、南ロシア平原に人類初の遊牧民族キンメリア人が登場します。 [Wikipedia]遊牧民の生活は、生産と消費の様式に「移動」を組み込んだ、人類の移動史におけるターニングポイントでした。家畜を時間・空間的に移動させながら、植生、水、ミネラルなどの自然資源を利用して生きること。それを可能にしたのは、身近な「動物」を「乗り物」とみなす、新しい「概念の発明」だったのです。

さまざまな「車輪」の発明

図表2 ココアモーターズの携帯EV

図表2 ココアモーターズの携帯EV

多くの乗り物は車輪で動きます。もし車輪がなかったら、人間の移動はずいぶん短かく、遅くなったことでしょう。古代の最重要発明ともいわれます。車輪の原型は紀元前50世紀頃からあるといわれますが、紀元前37世紀に登場した荷車が、人力では難しい、重く、大きなモノの持ち運びを可能にします。意外にも、戦車が登場したのは紀元前25世紀のシュメールとされ、馬にまたがるよりずっと古いのです。
紀元前20世紀頃生まれたスポークは、それから3,800年ほどを経て、1870年代に「針金スポーク」へと成長します。二輪自転車の登場です。1813年には足で地面を蹴るタイプでしたが、1839年に「ペダル式」が考案され、1861年に前輪にペダルが取り付けられます。 [Wikipedia]1888年ダンロップが空気入りタイヤを発明すると、現代でも使われる「自転車」が実用化されました。

木製のソリッドスポークホイール(Wikipediaより)

木製のソリッドスポークホイール(Wikipediaより)

交通機関」が全土に広がる

やがて近代に入ると、地球は丸ごと都市化を始めます。馬車、機関車、電車、自動車、オートバイ、セグウェイといった移動・輸送手段(Vehicle)が開発され、普及するにつれ、人々は「公共交通」と「自前の乗り物」を当たり前に使い分けるようになりました。
その事情は国ごとにちがって、日本の公共交通機関は原則「独立採算」ですが、ストラスブールLRT(次世代型路面電車)は、都市圏共同体予算の20%を公共交通に支出するなど、自治体が財政負担する住民サービスとして位置づけられているそうです。 [土井勉] 近年では、より小型で、よりパーソナルな携帯EV(電気自動車)も登場(図表2)。「駐車せずに持ち歩けるので、いつでもあなたの移動をサポート」してくれます。 

www.cocoamotors.com 鉄道網の敷設は、200年以上の歴史を持つ伝統的な都市政策です。1803年のサリー鉄道(馬車)を皮切りに、1825年には世界初の蒸気機関鉄道がストックトンダーリントン間を結び(英国)、1830年にはボルチモア・アンド・オハイオ鉄道が開業(米国)。
日本はやや出遅れますが、1872年には新橋・横浜間が結ばれ、1880年代には北海道、四国、九州と各地で鉄道が建設され、1889年には東海道線(新橋・神戸間)が全通しました。 [Wikipedia]鉄道の駅数は2018年7月現在で9,277にまで増え、とりわけ東京圏でどんどん鉄道網が発達します。 [国土地理協会]その経緯は、1924年から2008年までの路線図の変遷をまとめた「東京の地下鉄の歴史」 [Azicore]にまとまっています。
日本の鉄道総距離は世界11位の27,182kmで、国土面積の割に充実しています。[国際統計格付センター]

azisava.sakura.ne.jp

「経済圏」としての都市鉄道網

ちなみに鉄道事業者の収入は?――

JR東日本がダントツの約2,000億円。旅客営業距離も7,457.3kmと最長です。JR東海の事業収入は、営業距離で第2位のJR西日本(5,007.1km)より420億円ほど多く、定期外運賃の比率も高いことから、東海道新幹線の運賃で稼ぐ構造が明らかです。旅客営業距離が最も短いのは仙台市地下鉄で19.2km。収入も132億円ほどです。JR東日本が運営する鉄道網の経済規模が察せられます。

図表 3 鉄道各社の収入(鉄道統計年報[平成27年度]JR旅客会社,大手民鉄及び地下鉄事業者の基準単価及び基準コストの算定に係るデータ一覧より作成)

図表 3 鉄道各社の収入(鉄道統計年報[平成27年度]JR旅客会社,大手民鉄及び地下鉄事業者の基準単価及び基準コストの算定に係るデータ一覧より作成)

同じ数値で収入構造を見てみると(図表4)、営業距離の長いJR各社は、総じて「定期外」の比率が7割程度近鉄は65%、京成は62%が「定期外」で、観光利用も多いのでしょうか。これに比べて私鉄や地下鉄の多くは4割前後を「定期運賃」が占め、最多の相鉄と横浜市地下鉄は47%に上ります。それだけ通勤・通学客が多い路線といえるのでしょう。

図表 4 鉄道各社の収入構造(鉄道統計年報[平成27年度]JR旅客会社,大手民鉄及び地下鉄事業者の基準単価及び基準コストの算定に係るデータ一覧より作成)

図表 4 鉄道各社の収入構造(鉄道統計年報[平成27年度]JR旅客会社,大手民鉄及び地下鉄事業者の基準単価及び基準コストの算定に係るデータ一覧より作成)

「自動車」の普及で、「個人の財産」になる「移動」

もっとも、公共交通の利用が盛んなのは、東京をはじめとする都市圏の生活者が中心。国土交通省の調査によると、地方都市圏の自動車による移動割合は59%と、三大都市圏31%の倍近くを占めます。

図表 5 平日に移動するときに使う交通手段(平成27年度全国都市交通特性調査より)

図表 5 平日に移動するときに使う交通手段(平成27年全国都市交通特性調査より)


地方都市圏における公共交通の利用割合は7%にとどまり、世帯あたり福井県では1.749台、富山県は同1.702台の自家用車を保有。最小の東京都は同0.445台ですから、地方都市圏は車がないと生きていけない社会といえるのでしょう。 [一般財団法人 自動車検査登録情報協会] [国土交通省]

図表 6 都道府県別世帯あたり自家用車保有台数(自動車検査登録情報協会資料より作成。色が濃いほど保有台数が多い)

図表 6 都道府県別世帯あたり自家用車保有台数(自動車検査登録情報協会資料より作成。色が濃いほど保有台数が多い)

日本の自動車産業は、戦後復興、高度経済成長、そして世界市場におけるジャパンブランドの象徴ともいえます。日本で純国産車が産声をあげたのは1904年、第1号は山羽式蒸気自動車と呼ばれたバスでした。ガソリン車の誕生はその3年後で、「自動車の宮さま」(有栖川宮威仁親王殿下)の携わった「タクリー号」が初めて実用化されました。日産自動車の前身「ダットサン商会」の設立が1932年、トヨタ自動車の前身「豊田自動織機製作所自動車部」が1933年といいますから、100年にも満たない期間で、ずいぶん急成長を遂げたものです。 [徳大寺有恒]
初の純国産乗用車「トヨペット・クラウン(初代クラウン)」が誕生したのは、通産省(当時)が「国民車構想」を掲げた1955年のことです。3年で28,000台を売り上げた初代クラウンに続き、58年には「てんとう虫」の愛称で親しまれた軽自動車「スバル360」が発売されます。1956年には「マイカー」という言葉も生まれました
1960年に池田内閣が「新・三種の神器」として「3C」すなわち「自動車(Car)、クーラー、カラーテレビ」を掲げ、運行ダイヤや路線図に縛られない「自家用車」は、レジャーブームと相まって、人びとが夢見た「自由な移動」を叶える製品として、全国に販売網が展開されていきます。 66年にはメーカー各社がカローラ、サニーに代表される「大衆車」を投入するなど、コンシューマー向け車種の開発も進みました。二度の世界大戦を挟んで、軍需用貨物車を中心に生産を増やしてきた日本の自動車産業ですが、所得拡大と核家族化とともに普及していき、1971年には貨物車の台数を上回り、72年には1,000万の大台を突破するのです(図表7)。 [髙田 公理]

 

図表 7 自動車保有台数の推移(軽自動車を含む) 一般財団法人自動車検査登録情報協会の統計より

図表 7 自動車保有台数の推移(軽自動車を含む) 一般財団法人自動車検査登録情報協会の統計より

1983年、バブル前夜に生まれた、「いつかはクラウン」というキャッチコピーを覚えている方もいることでしょう。世の中には「成長」しかないと信じられていた日本総中流時代、「カローラ」に始まり「コロナ」「クラウン」のブランドヒエラルキーを登る成功物語が、多くの家庭で共有されていました。「移動」が個人の「財産」になったのです。
高度経済成長期を経て、人びとが豊かになり、ライフスタイルの多様化が進むと、「いつかはクラウン」を誰もが夢見るのではなく、個性的であることのニーズが芽生えます。
そのひとつが外国車ですBMWメルセデス・ベンツといった高級ブランドが日本市場に入り込み、1988年には新車輸入車の新規登録台数が初めて10万台を突破(図表8)。96年には約40万台のピークに達します。その後、バブル崩壊で約25万台に急落し、2008年にはリーマン・ショックでバブル前の水準に落ち込むものの、10年かけて徐々に回復。2017年の新規登録台数は約35万台で、国内シェアの1割に迫る勢いとされます。 [日本経済新聞]国別では、ドイツブランドの強さが際立ちます。

図表 8 輸入車新規登録台数の推移(日本自動車輸入組合統計資料より)

図表 8 輸入車新規登録台数の推移(日本自動車輸入組合統計資料より)


1990年代に入ると、「家族」の在り方も多様化していきます。「昭和」は核家族化が進んだ時代でもあって、乗用車が急速に普及したのは、1960-80年代の「標準的な世帯人数」(夫婦+こども2人)に、「4人乗り」という生活コンセプトが合致していたとの分析もあります。 [髙田 公理]
かたや30年続いた「平成」は、長引く不況と少子高齢化によって、「単独世帯」と「夫婦のみ」世帯が多数派にとって代わった時代でもありました(図表9)。

図表9  人口統計資料集表7-11 家族類型別世帯数および割合:1920~2015年

図表9  人口統計資料集表7-11 家族類型別世帯数および割合:1920~2015年

2017年時点の日本全国の運転免許保有者数はおおよそ8,000万人で、2012年からの5年間で大きな変化は見られません(図表10)。ただ、10代に限ると100万人を切っていて、「高校に入ったらバイク免許」「卒業前の春休みに自動車免許」といった、1980年代には当たり前だった行動パターンは様変わり。平成27年度全国都市交通特性調査でも、若者は「地方都市圏においても自動車の利用割合は減少傾向」としています。

図表 11 年代別の対人口運転免許保有者比率

図表 10 日本の人口と運転免許保有者(運転免許統計及び総務省人口推計より作成)

図表10と同じ数値で年代別の運転免許保有者数の推移を見ると、30代以下の減少がより鮮明です(図表 11)。シニアの免許返納政策 [内閣府大臣官房政府広報室]による効果も、2017年度65歳以上の届出数40万4,817件と、60代-80代の全体(約2,479万人)から見ればごくわずかな動き。逆に60代以上の運転免許保有率は増加していて、過去5年で各年代とも4~8%伸びています。

図表 11 年代別の対人口運転免許保有者比率

図表 11 年代別の対人口運転免許保有者比率

家族類型の変化は「若者の車離れ」として顕在化し、消費税率10%増税を期に、国内生産1,000万台維持への危機感は高まりました。日本自動車工業会は2018年9月20日「平成31年度税制改正に関する要望書」を公表し、自動車税の大幅減税を要望。年間29,500円(1リットル以下)~111,000円(6リットル以上)の税金を「軽自動車並み」の10,800円程度まで減額することを提言しています。 [日本経済新聞社]
保有コストと乗車時間の費用対効果から、カーシェアサービスも拡大中。2018年第2四半期における主要5社の車両台数は28,000台、ステーションも5,000拠点に増え、使い勝手が良くなっているようです。 [株式会社ジェイティップス] Uberなどのライドシェアは法規制の問題から実験段階にとどまっていますが、国土交通省も合法と認めた長距離ドライブの割り勘マッチングサービス「notteco」では4万人の会員が年間8,000件のドライブを成立させるなど、徐々に利用が進んでいます。 [清水響子]

notteco.jp

人口が減って、カーシェアも伸びているなら、車の台数は減っている? と思いきや、自動車保有台数、特に乗用車の台数は増え続けて、近年も6,000万台ほどで推移しています(図表 7)。人口の2人に1台の計算です。核家族化が進み、単身者や夫婦のみなど、1台あたりの乗車人数が減少しているのでしょうか。

「移動(Mobility)」の拡張と抽象化

人類史が進むにつれて、社会にとって「移動」の持つ意味は次々と変化してきました。現代における「Mobility」とは、ある人がA地点からB地点へ移動し、またA地点へ戻ることだけを意味しません。彼/彼女らが仕事や娯楽、交流を求めていること、安全、清潔さ、快適さ、確実さを望んでいること、モノや資産、情報が移動することも重要な視点です。物流危機の改善へ向けた宅配ロッカーの拡充や、配送サービスの多様化、買い物難民を救済するための移動コンビニ、移動ATM、さらにはVR・AR・MRを使った仮想旅行など、「人を移動させる」ことだけが、サービスの提供形態ではなくなりつつあります

図表 12 McKinseyが描く都市像

図表 12 McKinseyが描く都市像

昨今、MaaS(Mobility as a Service)という言葉が注目されています。自動運転やAI、オープンデータ等を掛け合わせ、従来型の交通・移動手段にシェアリングサービスも統合して次世代の交通を生み出す動きです。 [総務省]

McKinseyは“Six ways to improve urban commercial transport”を提唱します。都市型物流センター(Urban consolidation center : UCC)、宅配ロッカー、夜間物流、ロッカー付き自律走行車両(Autonomous ground vehicles : AGVs)による自由な場所への宅配、電気自動車、配送スペースが必要な顧客と商業車両をマッチングするオンライン物流シェアプラットフォーム(Load Pooling)。この6つのソリューションを示し、2つ以上を組み合わせれば、排出ガスの30%以上、物流コストの50%以上を削減可能と試算します。 [McKinsey Center for Business and Environment]

さいごに

今回は「移動」にまつわる人類史を振り返り、そのあり方の変化と拡張を確認しました。次回は「旅」というキーワードから出発して、消費行動としての「移動」と、その普及の過程で発達してきた移動手段について考えてみようと思います。

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(著作:清水響子+編集部 編集・構成:編集部)