データ流通市場の歩き方

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地図とモビリティの未来 #4「地図」から見たデータ活用の今と昔

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 標準化やデータ取引、分析ツールのオープン化が先行する地理空間情報の世界で、日本の基幹ビジネスは何を夢見ているのでしょうか──?

データ流通市場に関連する用語や、業界動向を解説する本連載。今回は「地図」というツールから、データ活用の今と昔を考えます。

 

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はじめに

www.honda.co.jp実は、ユーザーデータを活用した交通情報サービスは、1998年にホンダが始めた会員制サービス「インターナビ・プレミアムクラブ」が先駆け。データ収集対象路線区間の会員車両が走行したデータを、カーナビHDD内のメモリー領域に蓄積しておき、ユーザーが交通情報を取得した際にインターナビ情報センターサーバーにアップロードして、VICS情報が提供されていない路線を補完するものです。
通信形式等は変わりましたが現在も提供されており、 [本田技研工業株式会社]他のメーカーでも車載通信機を通じたデータ収集が行われています。

「地形を描く」ための地図、「道案内」のための地図

地図は「一般図」と「主題的地図」に分類されます。
一般図の代表例は国土地理院の地形図や世界全図で、地形・地名・集落・交通路などの多様な情報を、特定のテーマに重点を置くことなく、平均的に描いたもの(図表19)。一般図は、目的地を正確にナビゲートしてくれることが命。以前まではポケット地図帳をカバンに入れていたものですが、いまやスマホにおさまっています。
iOSの標準マップも、2012年のリリース当初は駅のない場所に「パチンコガンダム駅」と表示されるなど、大混乱を巻き起こしましたが、 [BONNINGTON] iPhone 7以降は乗り換え案内に対応し、「標準マップのほうがスピーディ」といわれるまでに復権しているようです。 [石野純也]

図表 19 一般図の代表例(国土地理院)

図表 19 一般図の代表例(国土地理院

対して、特定の主題に重点を置いて描き表すのが主題図です。土地利用や人口、地質、植生、道路、防災、観光など、主題ごとの海図、地質図、道路地図、住宅地図が作られています。
特に都心では、しばしば大規模オフィスビルが建ったり、お店が入れ替わったりといった変化が続きます。そう、まちは生きているのです。老舗の地図会社は多数の調査員を抱え、足で得た最新情報を地道に地図へ反映しています。ナビットのように、主婦を地域特派員としてネットワークして各種データベースを展開するサービスもあります。
リアルタイム交通情報(図表20)も、主題図のひとつでしょう。道路工事や交通規制、渋滞といったデータを補い、地図として表示します。地形はデフォルメされ、ドライバーの見やすさが優先されています。

図表 20 主題図の代表・交通情報

図表 20 主題図の代表・交通情報

こうした情報はカーナビでも取得できますし、最近はスマホアプリで代替するドライバーも多いようです。けれどもカーナビとGoogle Mapでは、渋滞予測の方法が異なります。カーナビは、一般財団法人 道路交通情報通信システムセンターVehicle Information and Communication System(VICS)を使い、道路等に設置されたビーコンや、主要交差点等のカメラなどから収集した渋滞データをFM多重放送で受信します。
他方でGoogle Mapは、スマホユーザーの向きや移動速度を匿名データとして収集。「当該路線を利用している他の利用者からのデータや、同じ地域を同時刻に走行中である数千の携帯電話からの情報を比較して、混雑状況をリアルタイムで更新」するしくみです。農道や私道など本来なら一般車両向けではない道路でも、推奨してくるのはこのためです。

jp.techcrunch.com

カーナビ地図と運転データの商業流通

2017年10月10日の東名高速におけるあおり運転に起因する死亡事故報道以降、ユーザーが急増するドライブレコーダードラレコ)のデータも、有効活用が期待されます。 [クローズアップ現代]

用途は従来の「事故時の証拠保全」から「ドラレコ搭載車であるアピールによる事故・盗難等の抑止」へ、また後方撮影や360度撮影といった機能により、旅行の動画記録として楽しむ使い方も見られるようです。[株式会社ヴァリューズ]
ビッグデータとしてのドライブレコードには、事故が生じやすい場所や時間、状況の特定といった分析に期待がかかります損保ジャパン日本興亜東京海上日動火災保険は、ドラレコと連動したリアルタイムデータ共有に基づく事故対応や安全運転支援などの特約サービスを提供しています。
シェアカーの利用状況も注目されるデータです。特に都心では自家用車の保有が減少し、前述の通り三大都市圏における「平日の自動車通勤利用」は2015年時点で1人あたり0.5時間31.4分にすぎません。[国土交通省]

シェアカー大手・パーク24が2009年から蓄積する、年齢などの会員データとひも付いた、急ブレーキの発生時刻・場所といった運転データは、開発に利用しようとするトヨタ自動車との間で、データ売買が成立しました。[日本経済新聞]報道によると、平均的な自家用車稼働時間は1日30分に対し、パーク24のシェアカーは推定4-5時間。8倍から10倍のデータを取得できることになります。

図表21 国内カーシェアリング車両台数と会員数の推移(交通エコロジー・モビリティ財団サイトより)

図表21 国内カーシェアリング車両台数と会員数の推移(交通エコロジー・モビリティ財団サイトより)

さらにトヨタ自動車は、2018年6月13日、東南アジアでライドシェアやタクシー配車を手がけるGrab社への10億USドル(約1,100億円)の出資と役員の派遣を発表。シェアエコノミーで蓄積されたデータをキャッシュで手に入れ、「車両データを活用した、走行データ連動型自動車保険に加え、現在開発中のGrabドライバー向け金融サービスや、メンテナンスサービスなど、各種コネクティッドサービス」を目指す構えです。 [トヨタ自動車]

10月にはソフトバンクとの提携を発表し、新たなモビリティサービスの創出へ舵を切るべく、2019年2月にMONET Technologiesを設立しました。[トヨタ自動車]

「分析者が読む」ための地図──ひなたGIS

広域で大規模に集められたデータは、データ分析ソフトウェアの発展と普及も促すでしょう。2017年の内閣府「RESASアプリコンテスト」で最優秀賞に輝いた「ひなたGIS」は、簡単な操作で約4,800件の統計データを地図上に見える化します(図表22)。航空写真や古地図などの背景も用意されていて、自分で作成したデータを地図上に重ねることもできます。

図表 22 ひなたGIS

図表 22 ひなたGIS

オープンソースベースで宮崎県職員が作成したシステムで、2017年の集中豪雨の際は近隣自治体の現状把握に活躍しました。[福岡の上田]地域資源を視覚的に表示するなどの活用によりビジネスアイディアが広がり、データに基づくマーケティングや政策検討のインフラとして期待されています。[みやぎん経済研究所//宮崎県]

土地の来歴に関する地図

「住まいと安全」の章で触れる予定の「Moly」のような、過去に遡って「そこでいつ、なにが起きたのか」という地図が重要な場合も少なくありません(図表23)。犯罪や事件などのネガティブなデータ提供には住民の抵抗があったり、警察のマップで犯罪が少ないとされた地域が空き巣にとってのターゲットマップになってしまったといったエピソードもあるようですが、自治に活用される未来を目指したいものです。

図表 23 防犯アプリMoly

図表 23 防犯アプリMoly

アナログ地図にリアル地物をプロット

他にも、Strolyは、デフォルメしたイラスト地図や古地図に、実在する地物の緯度経度を紐づけて表示できます(図表24)。使う地図は正確でなくて構いませんし、公開された地図を検索して転用することも可能で、エディターもついています。
位置情報にストーリーを与える地図プラットフォームとして注目され、2018年9月にはJTBとの業務・資本提携を発表。位置情報と連動したオンラインマップを使って旅行者に地域の魅力を伝える新たなプラットフォーム構築を目指す構えです。

図表 24 アップロードした手書き地図にお店情報などをプロットできるStroly

図表 24 アップロードした手書き地図にお店情報などをプロットできるStroly

「娯楽と空想」のための地図

地図それ自体を楽しむ人びともいます。地球とは別の天体の、日本に酷似した国、日本語に酷似した言語を使っている空想都市「中村市」の精緻さといったら圧巻。バスや新幹線、コンビニ、ガソリンスタンドまで描かれ、これから遊びに行けそうです。街の歴史や人々の生活を細かく想像し、1枚の紙に表現したもの。制作者の今和泉氏はこのほかに、ドラマ中に登場する都市の地図なども手がけているそうです。

www.sankei.com

地図に載っているとは限らない、けれども大切な情報

地図に載っているとは限らないけれど、「実際にそこを私は通れるの? その設備を使えるの?」といったことも、データ利用者の重要な関心です。
この原稿を書きはじめた2018年現在、筆者はまさに膝骨折で階段の利用が著しく困難な状態にあったのですが、馴染みの薄い場所へどうやったら最小限の階段で到達できるのか、なかなか正解を見いだせませんでした。Google Mapのオプションを「車椅子対応」にしてみましたが、まだ実用レベルとはいえない実感です。 [アプリオ編集部] 「住まいと安全」でで触れる予定のWheelmap.orgのような取組みが求められます。

wheelmap.org

政府が官民データ活用推進基本計画に沿って自治体にオープンデータ化を求めている「推奨データセット」の「公衆トイレ一覧」では多機能トイレ数や車椅子使用者用トイレ、乳幼児用設備設置トイレ、オストメイト設置トイレの有無を記載するようになっていますが、そこまでどうしたら負担なくたどり着けるかという情報も必要でしょう。
移動のアクセシビリティについては、2017年の「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」をふまえて2018年1月に実施された「第1回オープンデータ官民ラウンドテーブル」でもとりあげられました。この会合でジョルダン株式会社は、アプリのモックアップとともに、「建物間の移動も含めた、駅構内バリアフリー経路の整備が必要」と指摘します。[ジョルダン株式会社]

図表 25 ジョルダンが提案したバリアフリー経路のナビゲーション

図表 25 ジョルダンが提案したバリアフリー経路のナビゲーション

「データは誰のものか?」

国土交通省も、もちろんこうした課題は認識しています。[国土交通省] 2017年3月から「公共交通分野におけるオープンデータ推進に関する検討会」でも検討が重ねられています。
構内図の様式が鉄道会社によって異なる、構内図の版権が印刷会社等にあり鉄道会社が必ずしも自由に扱えない、駅と直結/隣接する建物はさらにオーナーと地図の様式・版権が異なる。こうしたハードルをどう超えるか。
正解はありませんが、「まずは実証実験」とする国土交通省に対し、民間の利益を超えた「東京全体の公共交通のあるべき姿」を示すのは国土交通省にしかできない、という筑波大学・川島教授のコメントは、もっともな指摘ではないでしょうか。 [オープンデータ官民ラウンドテーブル]

図表 26 スムーズな乗換えを阻む、多様な構内図(第1回オープンデータ官民ラウンドテーブル 国土交通省資料)

図表 26 スムーズな乗換えを阻む、多様な構内図(第1回オープンデータ官民ラウンドテーブル 国土交通省資料)

さいごに

「地図」とそれにまつわるデータは、幅広い利用可能性を持っています。「地図とモビリティの未来」最終回となる次回は、「機械が読むための地図」を取り上げてみたいと思います。

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(著作:清水響子+編集部 編集・構成:編集部)