こんにちは。本連載では、データ流通市場に関連する用語や、業界動向を解説しています。今回は「住まいと安全」のテーマのもと、スマートシティ関連市場の動向と、日本におけるスマートシティ関連の取り組みをご紹介します。
- スマートシティ関連市場の流通データと期待される経済効果
- どんなデータを使うと、何が起きる?
- 適用分野別の事例
- ベンダー動向 [NAVIGANT CONSULTING, INC]
- 国際標準の策定と日本展開
- 日本の政府・企業による予算投下
- 衰退する地方を「このままでは」終わらせないために
- 都市の機能を「節約する」には?
- 地域の「箱モノ」を再活用する
- 編集部からのお知らせ
スマートシティ関連市場の流通データと期待される経済効果
スマートシティ関連市場は、都市に関わる全業界を巻き込みながら、2016年の121億米ドルから2023年には275億米ドル(約3兆円)に拡大するとの見通しです。 [Navigant Research , 2016]「Frost & Sullivan」はさらに強気で、2020年に1.565兆米ドルと1国家のGDP並みの市場規模に膨らむと予測します。 [Frost & Sullivan, 2014]ソリューション種別ごとの経済効果も整理されています。
図表 8 サンシャインコーストのスマートシティによる経済効果 [八山幸司(JETRO/IPA New York), 2015]
ソリューション | 10年間で予想される経済効果 | 期待される内容 |
防犯カメラ
音声マイク センサーの活用 |
3,500万~5,500万ドル | 公共スペースの治安向上
安全でない地域の特定、長期的な地域環境のデータを活用した犯罪発生予測 遠隔からのインフラ管理と分析によるメンテナンスコストの削減、水道パイプなどの定期メンテナンス削減による環境破壊の低減 犯罪の発生率が 2%低下し、公園など公共施設の利用向上 警察の取り締まり向上 インフラ監視による定期メンテナンスの削減 |
ごみ収集の管理 | 200万~300万ドル(一部地域だけの導入) | ごみ収集の効率化によるコスト削減
ごみ収集車両の削減 観光客や店舗が利用する施設の品質向上 公共スペースの環境向上 |
水道インフラの管理 | 8,000万ドル | 水道パイプの破損箇所の特定の迅速化と漏水の時間の短縮(最大 30%削減)
住民へ送られる水の水質向上、浄水のための薬品の使用量削減 住民、企業への水の使用量削減の方法の案内(水の使用量を最大 10%削減) メンテナンスの作業員の削減 水道メーターを読み取る作業員・車両の削減 |
スマートエネルギー | 1億5,000万ドル | 住民、企業への電気の使用量削減の方法の案内(電気の使用量を最大 10%削減)
電力の使用パターンの分析 電気メーターを読み取る作業員・車両の削減 |
スマートパーキング | 3,600万~4,000万ドル | 駐車場を探す手間を省くことで交通量と二酸化炭素を削減
ドライバーの駐車場を探す時間を削減 駐車料金精算のデジタル化による収益の増加、メンテナンスコストの削減 駐車違反の取り締まり向上 |
スマートバス | 3,000万~4,000万ドル | バスのリアルタイム追跡
利用者の待ち時間の削減 乗車の効率化による利用者の増加 バスルートの最適化によるコスト削減 |
行政サービス | 3,500万~5,500万ドル | 自治体の作業効率の向上
住民の行政サービス利用時の待ち時間の削減 窓口サービスの縮小によるコスト削減 行政サービスの提供の一元化によるコスト削減 住民の自治体の取り組みへの参加促進 データ分析による行政サービスの向上 |
デジタルサイネージ | 500万~700万ドル | 広告収入
観光客への地域情報の提供による地域への経済効果 アート展示などによるイノベーション創出 |
スマートヘルス | 3,500万~5,500万ドル | 医療コストの削減
医療サービスの向上 遠隔医療の利用などによる患者や医師の移動時間の削減 住民の健康向上 |
スマート教育 | 1,300万~1,800万ドル | オンライン授業の活用
留学生の誘致 医療機関とのネットワーク化によるバイオ関連の成長促進 |
どんなデータを使うと、何が起きる?
「都市」の情報化といえば、気候、インフラ、パーソナルデータ、交通量などのデータを収集して、資源の最適配分とその自動化を指します。エネルギーや不動産関連に限らず、「政治とお金 行政オープンデータの歴史に学ぶ、データ公開の制度と実践」の図 17(図9として以下に再掲)で紹介したようなデータも、有望な活用の候補でしょう。
適用分野別の事例
「都市」は生活圏の全体を指しますから、適用が期待される分野も幅広く、多種類のデータを複数の事業者が連携させ、組み合わせ、融通し合うことも頻繁に起きるでしょう。図表10に分野別の事例をまとめてみました。
[野村総合研究所,2016]、[US Ignite] 、[NIST,2015]、 [NICT 小山泰弘,2016]、[KPMG,2017]、[ReadWrite[日本版]編集部, 2016]などをもとに作成しています。
図表10 スマートシティに関する分野別事例([八山幸司(JETRO/IPA New York), 2015]の枠組みを利用)
分野 | 事例 | 参加者 | 概要 |
エネルギー | 柏の葉スマートシティ | 千葉県、三井不動産、日立製作所、東京大学等 | 太陽光発電、蓄電池などの分散電源エネルギーによるスマートグリッドにより電力26%削減を目指す。 |
スマートビル | 5D Smart San Francisco 2030 District | サンフランシスコ市、CityZenith、Ciscoなど | 消費電力や交通量といったデータをクラウド上で分析し、3D 地図と重ね合わせることでデータを可視化。データはCityZenith社のクラウドを通じてリアルタイムで提供されている。[1] |
ヘルスケア | 会津若松市IoTヘルスケアプラットフォーム | 会津若松市、アクセンチュア、富士通、イオンリテール、地元企業、都内ベンチャーなど | 市民モニターのPHRをウェアラブルデバイス等で収集し、栄養管理や健康指導等のサービスで還元するとともに、医療や健康サービスの効率化に活用。データ外販による収益化も計画。 |
交通 | Fujisawaサスティナブル・スマートタウン | 藤沢市、パナソニック、三井不動産、ヤマト運輸ほか(民間主導) | スマートグリッドによる省電力に加え、全国初の宅配の戸別一元配送を実現。業者にかかわらずまとめて受取ができる。 |
ナヌムカー | ソウル市、Socar(カーシェア)など | 市公式シェアリングカーブランド「ナヌムカー」認証制度を設け、スマホによる車や公共施設駐車場のシェアを促進。 | |
Beeline Singapore | シンガポール政府 | 交通関連データと需要データのマイニングに基づく路線案をバス会社等に提供。[2] | |
防犯・防災・災害時対策 | ShotSpotter | ShotSpotter、GE | 発砲音を感知すると自動的に911コールし、発泡場所や発砲数を警察に通知。スマート街灯などに埋め込まれている。 |
Smart Streetlights | ロス・アンジェルス市など | 人の存在を感知して自動点灯するLED街灯。 | |
行政サービス | Bigbelly | 米国50州ほか50過酷で採用 | ソーラーシステムを利用したゴミ収納システム。一定量に達すると処理施設自動通知し、ゴミ処理を効率化。 |
教育 | シェアハブ | ソウル市、Creative Commons Koreaなど | 公立学校での創業体験の授業を通じシェアエコノミーの実践的教育を推進。 |
広告 | Digital kiosk | カンザスシティ、Cisco | 近隣飲食店やイベント情報、マップなどを提供。 |
[1]野村総合研究所「ICTを活用したスマートシティの事例等に関する調査の請負 海外事例調査」(2016)より
ベンダー動向 [NAVIGANT CONSULTING, INC]
関連市場には大手ICTベンダーも続々と参入しています。大規模データがあるところにはクラウド関連サービスの需要が必ずあるわけで、逃してはならない商機と捉えているのでしょう。 [Navigant Research , 2016]ではIBMとCiscoの2社が「Leaders」に位置づけられ、各地で積極的にプロジェクトを推進中。日本勢では日立製作所、パナソニック、東芝の3社が挙げられています。GE(米, 製造・工業)、Intel(米, 半導体)、AT&T(米, 通信・電話網)、華為技術(中, 通信機器)、SAP(独, ソフトウェア)なども本腰を据えています。
国際標準の策定と日本展開
通信プロトコル等の標準規格作りも着々と進みます。機器や建物、施設間を行き交うデータをタイムリーに流通する環境が不可欠だからです。米国では「OpenADR」と「SEP」、欧州では「EEBus」と「KNX」が標準規格に決まりました。OpenADRとEEBusは電力供給者から住宅への通信規格、SEPとKNXは家電通信の規格です。日本ではエコーネットが「ECHONET Lite」を推進し、2017年4月現在約200社が参加します。 [エコーネット, 2017]
KNX Associationが推進するKNXは、建物内で使用する電子機器の分散管理システムの標準規格です。すでにISO/IEC 14543-3として承認され、2017年現在41カ国の405事業者、159カ国の約7万のパートナーが対応中。 [KNX Association]2014年には日本KNX協会も設立されています。
EUでは開発ツールの提供も始まりました。2011年から官民連携でオープンソースのスマートシティプラットフォーム「FIWARE」(Future Internet WARE)を開発し、2014年にリリース。FIWAREには南米やオーストラリアを含む75都市が参加しており [FIWARE Foundation]、日本からは2017年3月にNECがプラチナメンバーとして参加を決めています。 [大谷イビサ, 2017]
日本の政府・企業による予算投下
政府も予算を投下します。ICT街づくり推進会議は「IoT共通基盤技術の確立・実証」事業として2016年度3.5億円、2017年度3.1億円の予算を組み、共通基盤技術の確立、「スマートIoT推進フォーラム」との連携に加え、「欧米のスマートシティ等に係る実証プロジェクト等と協調して、国際標準化に向けた取組を強化」するとしています。 [総務省]
日本の基幹産業のひとつである自動車業界では、次世代自動車(電気自動車、コネクテッドカー、自動運転車)の国際競争に遅れをとらないよう、産学官民が総出で技術開発、実証実験に取り組んでいます。NEDOと日立製作所がハワイ州マウイ島で行った、街ぐるみの日米共同実証実験が好例です。
セキュリティ対策も進みます。2017年5月に経済産業省が「スマートホームに関するデータ活用環境整備推進事業」に係る事業環境構築検討会を発足。 [経済産業省, 2017]また、情報処理推進機構では2016年に「つながる世界の開発指針」を発表。2017年5月にはIoT機器・システム開発時におけるセーフティ要件とセキュリティ要件、実現するための機能の解説「『つながる世界の開発指針』の実践に向けた手引き[IoT高信頼化機能編]」を公開し、注意を喚起しています。 [情報処理推進機構, 2017]
衰退する地方を「このままでは」終わらせないために
1980年代半ば以降、日本の地方自治体は、バブル崩壊後の数年を例外として、若年層の人口流出と少子化に伴う高齢化に長らく直面してきました。近年では民間シンクタンク「日本創生会議」のいわゆる「増田レポート」(2014年)が、「20-39歳の女性人口が概ね30-40年後まで流出し続けた場合、全国1,800自治体のうち896は、このままでは消滅可能性が高い」と指摘しました。
予想減少率が驚きをもって受け止められ、その数値が独り歩きしたものの、特別区内で唯一候補になった豊島区が(まずは統計上で)待機児童ゼロを達成しました。他地域でも、大学研究室から社会課題に取り組む学生の訪問が増えたり、海外留学帰りの若者が地場で町おこしや農業を始めたりと、「このままでは」済ませない取り組みが進んでいます。
こうした動きのうち、都市の魅力を国内外にPRして交流・定住人口を増やそうとする試みは、「シティ・プロモーション」と総称されます。ふるさと納税、ゆるキャラ、ご当地グルメ、聖地巡礼などは、すでによく知られた施策です。「父(母)になるなら、流山市」「日本一のおんせん県おおいた」「ようこそ。うどん県へ」など挑戦的な広告表現の舞台としても活況です。
反対に、都市が持つ資源を住民が効率よく分け合う試みは、「シェアリングシティ」とも呼ばれ、「資源の有効活用による収入確保や節約/産業創出」「無駄の抑制による環境効果」「信頼性の再構築とコミュニティの再生」が期待されています。 [庄司昌彦, 2016]
2016年には、自治体としてシェアリングエコノミーを推進する「シェアリングシティ宣言」に、千葉市、浜松市、長崎県島原市、佐賀県多久市、秋田県湯沢市が名乗りを上げました。 [毎日新聞, 2016] 仕掛け人はシェアリングエコノミー協会。ガイアックスとスペースマーケットが代表理事を務める会費制の啓発団体です(月会費1~10万円)。Airbnb、Asmama、Uber Japan、エニタイム、クラウドワークスなど新興のシェアサービス事業者のほか、パソナ、三井住友海上火災保険、KDDI、DeNAなど120社超が参加しています(2017年現在)。 [シェアリングエコノミー協会, 2017]
都市の機能を「節約する」には?
スマートシティ構想には、収益モデル構築の困難、事業の自己目的化、曖昧な課題、自治体と企業の認識ギャップ、市民参加・理解の醸成、プロデューサー・インテグレーター・推進主体の不在、コスト削減、標準化・共通化、取引市場の活性化、人材育成、すそ野産業の育成、規制緩和といった課題があると指摘されます。[2014年5月EY総研 スマートシティ報告書]いずれも、関係者の人数や立場が増えると生じやすいものです。
逆にいえば、消滅可能性を指摘されたような自治体はむしろ、スケールが小さい分、「個」が「都市」に与えられる影響が大きく、普遍的な課題を縮約しつつ、メリットを作り出しやすいのではないでしょうか。内閣府は「地域の困りごとに対して、地域住民が自ら立ち上がり、解決のための取組(活動)を行うことにより、暮らし続けられる地域を作る」ことを掲げ、「小さな拠点」政策の推進に着手します。 [内閣府, 2017]国道交通省も「重層的かつ強靭なコンパクト+ネットワーク」と称し、立地適正化計画や地域公共交通との連携を行います。
自治体と市民の協働は、地域差こそあれ、進み始めています。例えば「チャレンジ中野!Grow Happy Family&Community」は、様々な理由で親元から離れた子どもの里親制度と、地域会員が子育てや介護を助けるファミリーサポート制度の結びつけを進める市民活動です。 [オープンガバナンス総合賞「チャレンジ中野!Grow Happy Family & Community」と中野区関係者発表, 2017]
この活動に携わる平田祐子氏(中野区役所)は、活動に関する自治体職員の業務負担は「ない」と断言。必要な情報が使えるようコーディネイトし、時には議論するなど、市民の協働をプラットフォームとして支えることが行政の役割だと述べます。活動主催者の齋藤直巨氏(中野区在住)も、平田氏を「仲間」だと呼びます。行政とNPOのスタンスこそ違えど、「できない遠くではなく、いまできることのひとつ」だと前向きです。都市機能の進化は、その地域に住み働く人々の小さな力の積み重ねが、ドライブさせていくのかもしれません。
地域の「箱モノ」を再活用する
山形県高畑町の廃校を利用した「熱中小学校」には、現在21~78歳の147名が生徒として入学。起業家に音楽家、大学教授や料理家など、さまざまな分野のスペシャリスト約100名が授業を行い、「大人の社会塾」「里山体験」などのプログラムを展開。3Dプリンターやレーザー加工機が体験できる「理科ファブ」にも注目です。
他にも長野県小布施町が主催する「小布施若者会議」は、地元の町づくりに資する35歳以下の若者のプロジェクトを支援する組織です。一般社団法人HLABの手がける「小布施に世界最先端の「学び舎」を!」など、地域インフラを活かした企画が応募されています。
すでに米国ではオバマ政権下で公立学校に3Dプリンターを配布し、IoT時代のものづくりを担う人材の早期育成に取り組みます。ドイツでは、中小企業向けにマスカスタマイゼーションのインフラ整備を進めます。 [清水響子, 2017]こうした国際潮流のなかで、日本が大きく遅れを取っているきらいはあります。とはいえ学校は、誰もが集いやすい「箱物」です。地域の「産業ハブ」として活用できれば、地元に根ざした濃密なネットワーク形成ができそうです。「内閣府NPOホームページ」や「非営利法人データベースシステムNOPODAS」などの検索サービスで関連情報が得られます。
さて、今回はスマートシティにまつわる動向を見てきました。次回記事ではスマートシティから一歩踏み込み、「スマートホーム」について考えてみます。
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