データ流通市場の歩き方

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ひとりで学べる育児ハックとEdTechの現在(本論)

データ流通ことはじめバナー画像こんにちは。本連載では、データ流通市場に関連する用語や、業界動向を解説しています。今回のテーマは「出産・子育て・教育」です。

教育とは、どんな人でも必ず体験する、もっとも身近な「情報流通の仕組み」に他ならなりません。そんな教育の仕組みが今、少しずつ変わろうとしています。その来歴を辿ると、情報技術(テクノロジー)の理想と現実の溝を埋めようと苦心する、実務現場の努力が見えてきます。

育児・教育の場では、どういったデータ活用が行われてきたのでしょう。そして育児・教育のあり方は、情報技術(テクノロジー)によってどう進歩したのでしょうか?

他分野にも役立つ学びが詰まった、育児・教育界におけるデータ活用の試みを見ていきましょう。

(序論はこちらです)

まずは、紙からデジタルへ(複写する、複製する)

時短したい! 「育児ハック」の理想と現実

子供が生まれてから、親がやることはとにかく増えます。日々の哺乳・体調管理、家族サービスや親戚づきあい、幼稚園・保育園の送り迎え、風邪などの感染病予防、虫歯などでの通院、習い事やお受験対策も始めるかもしれません。近頃では仕事と育児の両立も必須なわけで、少しでも時短しないと忙殺されて、疲れてしまいます。最新技術を取り入れて、毎日の記録作成、書類管理、情報収集、情報共有が楽になるなら、こんなに嬉しいことはありません。

そんなわけで、情報技術の導入は、まずはデータを作り、集めることから始まります。なかでも母子手帳と保育SNSは、紙の記録からデジタルデータに変わりつつある「育児ハック」の代表格です。パソコンやスマートフォンを使って、子どもの身長・体重のグラフや日々の写真に健診記録を家族・病院などで共有できるほか、予防接種の日程や行事情報、病院や企業、自治体からのお知らせを配信してくれるサービスもあります。

関係者が多くて、普及に時間がかかる

エムティーアイが開発し、千葉県柏市等と共同実証した「電子母子手帳アプリ」(2013年開始、2016年に正式導入)が典型例でしょうか。他に、富山県富山市とインテックが共同開発した「育さぽとやま」(2014年開始)、京都府の健康管理サイト「ちゃいるす」(Web版・スマホ版)など、行政オープンデータの取り組みも続きます。

厄介なのは、「全機能の利用には、自治体窓口での申請が必要」(一般社団法人ICTまちづくり共通プラットフォーム推進機構「母子健康情報サービス」)など、制度の壁にぶつかりやすいこと。そのせいか、公的認可・支援を受けるサービスは、後述する民間アプリと比べてダウンロード数が少なめです。

保育アプリをみても、例えば「hugnote」(hugmo)は、保育園と保護者の「連絡帳」を、スマホアプリに置き換えてくれます。先生からのお知らせ配信や個別連絡、お迎えや出欠の連絡も出来ます。しかし、ただでさえ多忙な保育士さんに、「うちの子だけhugnoteで……」と頼むわけにもいかず、地域によっては園単位での導入も必要になるよう。全国各位の保育園・幼稚園で、企業による説明会や研修会が開かれています。

 

標準化と実用化のトレードオフ

せっかく苦労して使い始めても、転居時や機種変更時に、これまでのデータを引き継げなくては困ります。そこで日本産婦人科医会では、2014年から電子母子手帳の「標準化」を目指す委員会を設け、システムや表記のあり方を検討してきました。これを踏まえ、特定非営利活動法人ひまわりの会と株式会社NTTドコモが、2016年10月から「母子健康手帳アプリ」の提供を始めました。厚生労働省の省令に準拠し、関係省庁及び自治体、日本医師会の後援を受けています。

それでも、関係各社の理解を得るのは大変なよう。現場のオペレーション変更が懸念されやすいからか、「母子健康手帳アプリ」公式ページが医療機関に「母子健康手帳と一緒に使うメリット」「問合せはすべて事務局で対応」とアピールしていることが象徴的です。

むしろユーザ・ファーストだと割り切って、機能・用途を限定し、公的標準とは別に開発されるアプリのほうが、ずっと多くのダウンロード数に達していることも。

Google Playでダウンロード数が「100,000-500,000」のカテゴリに属する例では、写真や投稿の記録・共有に特化した「母子手帳Kazoc」(Yahoo Japan Corp)、アプリ内広告や動画配信機能も備える「妊婦手帳」(Hakuhodo DY media partners Inc.)、おすすめ情報配信に特化し、グッズ紹介やクーポン配布も行う「まいにちのたまひよ」(Benesse Corporation)、積極的にテレビ番組へ露出する「予防接種スケジューラ」(特定非営利活動法人 VPDを知って、子どもを守ろうの会)など、どれも独自の商品開発・マーケティングを進めています。

思いもよらない利用ニーズ

単に「紙をデジタルに置き換える」だけでは済まないようです。どの職場・家庭にも確立された働き方・暮らし方があって、それを一朝一夕には変えられないからでしょう。

どうしたらいいのか。紙とデジタルの「どちらも対応」する例が登場しています。家族SNSサービス「nicori」は、家族のだれかが写真を登録したら、プッシュ通知で更新をお知らせ。撮った写真をすぐに共有できます。高齢世代向けに、フィーチャーフォンにも対応するのが渋いところ。

加えてなんと、製本機能付きの写真共有アプリも登場しています。Mixinohana」は、かわいいサイズ感の28ページフォトブックが「毎月一冊、無料でもらえる」スマホアプリ(別途送料)。家族アルバムアプリ「みてね」は、画像データを「無料・無制限でアップロード」でき、フォトブックのレイアウトを自動で提案してくれて、スマホで注文すると、紙のアルバムを印刷、製本、郵送までしてくれます(2017年1月に利用者数100万人突破)。どちらも親族や友達に安心して、気軽にプレゼントできることが意図されています。

「いつもの習慣」といかに向き合うか

「紙を撮影した画像」のデータ流通は、家庭内にとどまりません。スマホアプリ「おたよりBOX」は、幼稚園や保育園、小学校から届いた「紙のおたより」を撮影、記録してくれます(2016年6月に18万ダウンロードを突破)。カレンダー機能はもちろん、色分け整理やリマインダー設定もできて、どの子に何の「紙」が届いたか整理しやすいのが特徴です。スマホで使えるファイル共有サービスみたいな感じでしょうか。

アルクテラス「Clear(クリア)」(2013年12月開始)は無料の学習アプリで、スマートフォンで撮影した手書きのノートを、アプリ内のシールや付箋できれいにまとめて投稿できます。他の人が公開したノートも閲覧・取得でき、きれいなノートの投稿者は「神ノート職人」と呼ばれるそう。すでに10万冊以上のノートが公開され、ダウンロード数も「100,000-500,000」(Google Play)のカテゴリに属します。

もちろん、「スマホで紙の画像データを読む暮らし」というのは、かつて近未来アニメなどで夢見られた、理想的な社会の姿とは違うのかもしれません。けれども、目の前で困っている人に愛され、役立つサービスであることも事実。私たちが当たり前に行う「いつもの習慣」といかに向き合うか。それが教育分野におけるデータ活用の正否を決めるポイントでしょうか。

閲覧端末の導入、専用コンテンツの配信

誰が試してみるの?

さて、利用できるデータが集まったら、次は閲覧環境を整えます。教育行政の取り組みが参考になります。

文部科学省は2011年に「2020年までにすべての学校で1人1台のタブレットを導入したIT授業を実現する」とする「情報化ビジョン」を発表しました。その前年には総務省が実証研究「フューチャースクール推進事業」(2010年-2013年)を始めています。

この事業では初年度に公立小学校10校が実証校に選ばれ、2011年度には中学校8校も加えられました。三重県松阪市立三雲中学校はその1校で、2011年から全校生徒にiPadを貸与。2014年度には松阪市の「教育の情報化」推進事業に採択され、日本の学校として初めて「Apple Distinguished School 2014-2016」にも認定されました。

近畿大学附属高等学校・中学校でも、日本の高等学校で初めて「Apple Distinguished Program 2014-2016」に参加し、2013年度に高1生1,048名全員がiPadを個人購入。中学過程の全生徒も含めて約4,000台が稼働中とのこと。

こうした動きは自治体にも広がり、例えば品川区は、区立小中学校10校の全児童に1台ずつ、約1,800台のタブレットを貸与(2014年9月から)。端末を家庭にも持ち帰らせるなど、「品川区トータル学習システム」の構築を進めようとしています。2015年-2016年度予算の枠組みで、他区でも続々と導入が始まっています(参考:2016年各区の予算まとめ)。

何かあったらどうするの?

とはいえ、一般社団法人日本教育情報化振興会が学校・教育委員会に行った「教育用コンピュータ等に関するアンケート調査」(2015年, n=1,078)によれば、「タブレット導入校」は全体の13.7%、「持ち帰り学習」至っては1.3%。普及は始まったばかりなのが実情です。

というのも、情報機器を取り入れる以前に、関係各位の了解を取り付けるまでが前途多難です。端末の購入費は自治体負担なのか、学校負担なのか、個人負担なのか。裕福な地域とそうでない地域で授業内容に差がつくのはどこまで許容されるか。教員研修はどう進めるのか。保護者のITリテラシー教育も合わせて行うべきではないか。既存の時間割や授業法とどう組み合わせるのか。機器の故障はどこまでサポートするのか。教員だけで不正アクセスやデータ改竄に対処できるのか。そもそもただでさえ忙しいのに、誰が関連情報の下調べをするのか……。

電子教科書の導入検討に当たって、2010年に諸学会が文部科学省へ共同で行った提言「『デジタル教科書』推進に際してのチェックリストの提案と要望」情報処理学会・他)が印象的です。

この提言が言うには、学校教育にデジタル教科書を導入する場合は、「直接的に考えや意見を交換」し「自らの手と頭を働かせる」「手を動かした実験や観察」や「紙と筆記用具を使う授業」を減らさず、「教員の教材研究へも配慮」のうえ、「虚構の映像を視聴のみ」「プレゼンテーション偏重・文章力軽視」に陥らないよう、「紙の教科書を併用」することが望ましい。つまり、「新しいことを始めるのは良い」のだけど、できれば「今までのやり方を変えないでほしい」というわけです。かなり根強い不安・懸念の声があったのでしょう。

誰が教えるの? ──MOOCの先駆形

実際のところ、民間の進学塾のほうが、公教育よりも速くサービス化を進めています。今回は深追いしませんでしたが、人気講師の面白い授業をより多くの学生へ伝えるために、音声テープやビデオ録画を用いた遠隔授業が、「情報化」について公に議論されるよりも前からずっと行われていました。ユーザを限定した有償のコンテンツ配信ではありますが、大学の講義動画を無料でネット配信するMOOC(Massive Open Online Course)の先駆けでしょうか。粗々ですが略年表も作りましたので、いくつか事例を見て行きましょう。

図表4:「EdTech」に関する民間企業の取り組み(α版)

河合塾代々木ゼミナールは80年代の終わりから「サテライト講座」を開始。東進ハイスクール(株式会社ナガセ)でも、1991年から「衛星授業サテライブ」を始めています。講義動画を予備校のパソコンで見る学習スタイルで、今では全国で1,000校以上(フランチャイズ契約先も含む)を展開するに至りました。

ベネッセグループの「東京個別指導学院 ネット教室」(2014年開始、2015年3月「CCDnet」に改称)は、テレビ会議専用アプリを使って担当講師を選び、映像授業を受講して試験問題に解答するだけでなく、その場で質問できるオンライン自習室も備えます。

電子黒板は、さかき英語塾が2003年に日本の進学塾として初めて採用しました(2006年にベリタス・アカデミーと改称)。続く2004年には、佐鳴予備校がマルチメディア教材を投影できるホワイトボード「See-be(シー・ビー)」を全校舎・全教室に導入。NHKアーカイブス、博物館・大学などの膨大な資料映像を視聴でき、講師はチョークの代わりに電子ペンを持って教壇に立ちます。

何を使って教えるの?

通信教育も、次々とサービスを始めています。小学校向けではジャストシステムが、専用タブレット端末を用いた通信教育「スマイルゼミ」(小中学生向け,2012年12月)を開講。小学館の「テレビドラゼミ」(2013年)は、会員の児童が自宅のテレビやタブレットで、浜学園の選抜講師陣による動画講義を視聴できます。学研では、プリント教材を用いた授業で専用タブレットも使う「学研iコース」を開講(2014年)、端末を家庭へ持ち帰られる「学研タブレットゼミ」(2015年11月)も始めました。

Z会では2015年から中高生向けの「iPad スタイル」をスタートしました。2016年には「小学生タブレットコース」(中学受験をしない新小学3・4年生に向け)も開講。「進研ゼミ」でも専用タブレットを使った「チャレンジタッチ講座」(2014年4月号)を開講し、動画解説、自動採点、間違いに応じた問題出題、保護者への学習履歴メールなど、きめ細かな学習サービスを提供。専用タブレットは「外部サイトにはつながりません」ので、安心感を求める保護者からも支持されています。

ソーシャルメディア化、スマホアプリ対応

どこで、誰から教わるの?

データが集まり始め、閲覧環境も整えば、利用者同士のコミュニケーションが少しずつ生まれてきます。ソーシャルメディアが世界中で勢いよく広まったように、教育界でもオンラインで行える相互交流の場が提案されています。

例えば「MANABO」は、わからない問題をスマートフォンで撮影・投稿すると、チューターが答えてくれる家庭教師アプリ。例えば1時間プラン(3,500円)なら、1ヶ月で1時間分の指導が受けられる料金体系です。「ベネッセ先生SNS」や「SENSEI NOTE」など教員同士の相談サイトもあります。忙しい先生の日常で、これまで見たくても見られなかった手作りの授業資料や業務効率化のアイディアなどが共有されています。

専門家のマッチングサービスも登場しました。米国「Forbes」誌の編集主幹だったベッツィー・コーコランが、教育情報メディア「Edsurge」を運営しています。同サイトは学校、企業、家庭それぞれを読者層として、便利ツールや求人情報、ニュース、ガイドライン、調査報告などを発信しています。日本語圏では、同社に勤める上杉周作氏のBlog記事に和訳された、同社CEOの起業理念をご覧になった方も少なくないでしょう。

ちゃんと使いこなせるの?

様々なサービスが盛んに公開されていますが、悩ましい論点もあります。ICTサービスが充実し、そこで盛んに情報が流通すればするほど、それを使いこなせる人と、苦手に感じる人の間で、知っていることや得意/不得意に差がついてしまわないか。商用インターネットが社会に広まった時にも語られた論点です。

例えば遠藤諭「日本の子どもは賢いがコンピューターが使えない」(ASCII.jp)は、OECDによる学習到達度調査「PISA 2015」を用いて、「家(学校)ではあなたはコンピューターが使える状態ですか?」と答えた日本の15歳の子供が、各国と比べて低い順位にあると指摘します。これを踏まえて「家でも、学校でもコンピューターやタブレットを使える環境に置かれているとはけして言えない」と問題提起しています。

また、教育社会学者の舞田敏彦は「NewsWeek」誌で、日本の「13~15歳のスマホ所有率は46%で、主要国の中では最も低い(内閣府『わが国と諸外国の若者の意識に関する調査』2013年)」一方で、同じくOECDPISA 2015」をもとに「日本の生徒は、創作物を発信する頻度は低いが、コンテンツをダウンロードしたり、オンライン・ゲームをしたりする頻度は高い」と指摘します( 同誌「ネットでコンテンツの消費はするが、発信はほとんどしない日本の子どもたち」より)。

実際のところ、リクルート進学総研「高校生価値意識調査」(2014, n=1,438, 実施:マクロミル)によると、高校生の59.1%が「スマートフォン」で「勉強する」と答えているものの、「勉強系アプリ」を「ほぼ毎日利用」するとの回答は7.6%ほど。SNS系アプリ(70.4%)やゲームアプリ(37.7%)、無料通話アプリ(31.6%)と比べても多くありません。

こうした背景から、いっそ、ゲームで遊ぶように学べる仕組みを作ってはどうか、との考えもあります(シリアスゲームゲーミフィケーション)。幼い頃から子供にプログラミングを習わせたり、理数教育に注力してはどうかとも言われます(STEM教育)。スマートフォンを用いた勉強法なら、手軽に取り入れやすいのではないかとも期待されています(スマ勉)。

ゲームで遊ぶように学ぶ

カドカワが開校したN高等学校(2016年4月)は、前者の立場(ゲーミフィケーション、STEM教育)を組み合わせています。ネット講座と通信制教育を組み合わせた「通わなくていい高校」です。SlackやGoogleドライブ、GitHub、オンラインRPGなど各種ITツールを駆使した授業や体験学習、学園祭に参加できます。また、「自らが学びたい事に多くの時間を充てられる」を謳い文句に、プログラマやデザイナ、スタイリスト、小説家、起業家などになりたい生徒向けの授業も行っています。

私立学校でも、広尾学園中学校・高等学校(東京都港区)はプログラミングやロボティクスを教育に取り入れていて、2016年3月にはスクウェア・エニックスとの共同で、最先端のゲーム開発を学ぶイベントを開催しています。

他にも、世界的に大ヒットしたインディーゲーム「Minecraft」にはEducation Edition(教育版)があり、簡単なプログラミング教育や造形の授業で採用する例もあるそう。2016年にMicrosoft社がTeacher Gaming社から買収しています。

後者の立場(スマ勉)にはどんなサービスがあるでしょうか。ここでは大きく参加授業型、問題演習型、進捗管理型の3つに分けて取り上げます。

スマ勉──スマートフォンで学ぶ

  • 参加授業型

株式会社葵が運営するオンライン学習塾「アオイゼミ」(2012年6月,中学講座・高校講座)は、毎日定時に放送される授業を自宅で無料視聴でき(アーカイブ視聴と教材ダウンロードは有料)、生放送中に質問・コメントも送信できます。

リクルートマーケティングパートナーズでも高校生向け講義のネット配信を始めました(2012年・一部有料)。2015年3月には小学校4年生から中学生向けに「勉強サプリ」(月額980円)も開始(2016年2月に「スタディサプリ」とブランド統一)。累計有料会員数25万人分(2015年度)の利用動向から「わからない理由」の分析も行います。

  • 問題演習型

ビズリーチzuknow(ズノウ)」(2014年1月~2017年4月27日サービス終了)は、無料・有料の単語帳(100~400円程度)を約2万種類まとめたクイズアプリです。約30カ国語に対応した単語帳に加え、英語能力テスト、法律・医療などの資格試験、「ワイン検定」など幅広いジャンルを扱って、学生にも社会人にも使われています。友達と自作の単語帳を交換でき、獲得スコアで順位を競えるなど、コミュニティ機能も備えています。

Yo! サボロー」は試験日程や普段の勉強時間、得意・苦手科目を登録すると、自動で勉強スケジュールを作ってくれます。タイマー機能もついていて、勉強時間が記録されます。

勉強時間を計測して、自動的にグラフ化する「STUGUIN」は、友人の勉強記録を確認できるので、学習意欲が刺激されます。計測中はアプリを閉じられないところもユニーク。SNSスマホゲームに気をとられずに、勉強できると評価され、「アプリ甲子園2014」で5位に選出されました。

教育のカスタマイズ、パーソナライズ

アダブティブラーニング(適応学習)とは何か?

スマートフォンタブレットを教育現場に導入したり、オンライン学習や動画講座を提供したりする教育機関が増えて来たことで、教育界にも膨大なの学習履歴データが自動で集まる環境が整いつつあります。それらは時に「教育ビッグデータ」とも呼ばれ、このデータをサービス改善に活用する「アダプティブラーニング」が注目されています。

アダプティブラーニングとは、膨大に蓄積された教育コンテンツと機械学習を組み合わせ、生徒の学力に合った教材を難易度別に提供する手法です。教育関係者の暗黙知や実務経験を踏まえて、端末の利用履歴などで学習状況を分析することで、課題レベルや設問分岐を最適化したり、同じ課題でつまずく生徒をマッチングして相互学習やグループ学習を受けてもらったりすることが提案されています。

かつては熱心な教師が経験的・対面的に行っていた「きめ細やかな学習指導」が、もっと低コストで複雑にできるようになりつつあるのです。

盛り上がるベンチャー投資

その代表格である「Knewton(ニュートン)」(2008年設立,米国)は、数十年にわたる研究蓄積、本人の学習履歴データ、全学習者の行動データなどを組み合わせて用います。各国の企業や学校と提携し、総利用者は約20か国で1,000万人にのぼります(2016年現在)。

日本には2015年に進出し、ソフトバンクグループとベネッセの合弁会社Classiとのパートナーシップに合意しました。Z会とも戦略的パートナーとして業務提携契約を結んでいます。他に「Fishtree」(米国、韓国・他)は、2015年に株式会社リクルートホールディングスからの出資を受けました。

すららは、各科目の著名講師やeラーニング研究者らが2007年から共同開発する対話型アニメーション教材です。ゲーミフィケーションを応用しており、2012年には「日本e-Learning大賞 文部科学大臣賞」(eラーニングアワードフォーラム)を受賞。2016年からは近畿大学での導入も決まり、いよいよ普及が始まりそうです。

立命館守山中学校・高等学校と株式会社電通国際情報サービスのオープンイノベーション研究所が2014年5月に立ち上げた「RICS(Ritsumeikan Intelligent Cyber Space)」は、SNSアダプティブラーニングを用いた教育プログラムに学校に取り入れる全国初の試みとして注目されています。RICSには複数の教材会社から問題データが提供されていて、授業中の課題や宿題を教師が一斉に/個別に配信できます。また、生徒の解答状況と問題データを紐付けて、「RICSからのおすすめ」として提示します。

非-英語圏は取り残される?

このように、アダプティブラーニングなら、「数学は得意だけど図形だけは苦手」といった気づきにくい得意・不得意にも対応できます。とはいえ、根深い課題もあります。

言葉と文化の壁です。アダプティブラーニングの技術や手法、サービスは、国際的に共通理解を作りやすい科目で先行しています。例えば数学、科学、英語、プログラミングなどは、国境を越えたサービス展開も進んでいます。反対に国語や歴史、美術など、自国文化に深く根差した科目は難しいでしょう。教育分野でも日本企業が各国に負けじと東アジア市場へ進出し始めていますが、言葉と文化を翻訳し、理解する手間が、目に見えないコストとして現地担当者を苦しめることは予想に難くありません。

大規模データ分析から学べること

EDUCATIONAL DATA MINING

とはいえ、産業界のピンチは学術界のチャンスでもあります。外国語学習や機械翻訳の地道な研究蓄積を背景として、大規模な学習履歴データを研究分析に用いる分野「Educational Data Mining」も立ち上がっています。

岡山大学では、履歴データに含まれる「いつ」というタイミング条件に着目し、子供一人ひとりが「いつ、どの英単語を、どのように何回学習し、それから何日後にテストを受けるのか」を可視化、市内の公立中学校で学習実験も行っています。九州大学では2016年に、国内大学初の教育ビッグデータ分析機関「ラーニングアナリスティクスセンター(LAC)」を設置。予習・復習の達成度の提示、学習パターンの分析・可視化、学習履歴からの教材改善点の提示、利用履歴からの成績予測などの研究テーマに取り組みます。

民間でもベネッセ教育総合研究所が、デジタル教材から得られる学習記録(ビッグデータ)を活用した教育研究を始めました。リクルート次世代教育研究院も、ビッグデータ解析を通じて、学習者に最適な学習手法を提供するための調査研究に着手しました。

企業の人事情報も注目されています。例えば、伊藤健二明治学院大学学長特別補佐は、5万人以上の学歴と年収のデータを解析しながら「学歴と年収には相関があるか?」を研究中。この分野は「HRテック」とも言われます。

小児医療ビッグデータ

子供の医療のデータにも注目です。国立成育医療研究センター「小児と薬 情報収集ネットワーク整備」事業(厚生労働省の委託)は、大人に比べて使用患者数が少ない小児の医薬品について、副作用などの情報を大規模に収集・分析する世界初の試みです。2015年秋から全国の小児医療施設等4施設とクリニック33施設から約14万人分の問診、病名、処方、注射、検査に関するデータを収集し、2016年3月に「小児医療情報システム」を稼働しました。今後、医薬品の投与実態(投与量、投与方法)や副作用などの情報を収集・分析・評価するシステムの構築を目指すとのこと。こうしたデータベースが整備されれば、小児医薬品の開発はさらに促進されることでしょう。

医師がデータを入力して、保護者と共有する実証実験もあります。2013年に東北大学大学院歯学研究科とドコモが行った「タブレットを活用した歯科検診」は、歯科医師らが子どもの検診結果を直接タブレット端末に入力すると、保護者がその結果をスマートフォンなどで受け取れるというもの。乳幼児から中学生になるまでのデータを毎年蓄積することで、歯の生え方や虫歯の治療歴も確認できます。実験対象は仙台市青葉区の幼稚園1ヶ所でしたが、将来は成人後の歯科診療も含めた、生涯にわたる検診結果のデータベース化を目指す計画です。

ウェアラブル保育

さらに半歩進んで、乳幼児の脈拍や体温などのデータを自動的に計測するデバイスも登場しています。Blue Spark Technology社「TEMPTRAQ」は、新生児の胸に貼りつけるだけで脈拍数と体温を計測し、そのデータをワイヤレスでスマートフォンに転送してくれるというもの。Owlet社「Owlet Vitals Monitor」は、シリコン樹脂製の小さなセンサーを内蔵した靴下のような装置「スマートソック」を赤ちゃんに着けると、心拍数、血中酸素濃度、体表面の温度、寝相の4種類のモニター記録が、Bluetoothを通じてスマートフォンに送信される仕組み。

イスラエルベンチャー企業enableteQ社「Sleevely」(2013年)は、ミルクを入れた哺乳瓶をセットすると、1回の量や温度などのデータがBluetooth経由でスマートフォンに送信されるという機器。日本でも三和株式会社が、オムツ交換のタイミングをアラートで知らせる「シェリーブ」を開発中。センサーテープをおむつに貼って、テープの端を専用の端末とつなぐと、Bluetoothスマートフォンにおむつの状態をお知らせします。専用アプリでオムツ交換の記録も付けられます。

新規事業の自然淘汰

とはいえ、当時に注目を集めた一方で、その後の続報が出ていない製品もあります。例えばMC10社「Baby Temperature」(米国)は、商品発売には至らなかったのか、公式サイトもリンク切れ。SiempreSecos社(英語ではAlwaysDry)(スペイン)の「Clipis」も、2013年には各国語で報道されていましたが、今では公式サイトも削除されています。「Sprouting Baby Monitor」は、アップルとグーグル出身のエンジニアたちが小児科専門医や新米パパママと共同で開発されていましたが、母体となるSprouting社がMattel社に買収され、商品の一般販売には至っていません。

一般に、新規事業には失敗がつきもので、広く社会へ普及するには3つの関門があると言われます。研究から開発へ至る関門(魔の川)、開発から事業化へ至る関門(死の谷)、事業化から産業化へ至る関門(ダーウィンの海)です。おそらく今後も、育児・教育界では、新しいキーワードや製品・サービスが登場するでしょうが、目の前の流行を追いかけるだけではなくて、「その後、定着したか」を気にする癖をつけると無難かもしれません。

まとめに代えて

教育を議論する場では、「育児ハック」「EdTech」など、流行のキーワードが盛んに聞こえてきます。一方で教育を実践する現場では、まばらな技術革新がバラバラに進んでいるのが実情です。教育は人の生き方を左右するものですから、技術普及が慎重に、ゆっくりと進むことは止むを得ないのでしょう。とはいえ今回の取材を通して、多くの人が、「それでも少しは良い方法」を作り出そうと、日々苦心していることも分かります。

教育とは、どんな人でも必ず体験する、もっとも身近な「情報流通の仕組み」に他なりません。知識伝達やコミュニケーション自体が売り物になる可能性を秘める一方で、教える人と学ぶ人の情報格差が必ず、明確に生じる営みでもあります。

だからこそ、教育界で多くの人が抱える悩みは、きっと他の分野にも通じるものでしょう。また、EdTechや育児ハックがそうであるように、他の分野で培われた知識が今後も教育界で活かされてほしいものです。

参考文献

連載19・20回の参考文献リストは、こちらに掲載しています。

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(著作:福田千津子・菱沼美咲姫+編集部 編集・構成:編集部)