データ流通市場の歩き方

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「API」と「APIエコノミー」 #2 経済圏としてのAPI、その成立条件とは

データ流通ことはじめバナー画像こんにちは。本連載では、データ流通市場に関連する用語や、業界動向を解説しています。今回のテーマは「APIエコノミー(経済圏)」です。

APIサービスが普及し、企業によるデータ流通が簡単になって、新しい経済圏を生み出しそうだと注目されています。数十年前からある技術が、簡単に使える支援サービスの普及に伴って、新ビジネスの企画・開発に便利だと思われ始めているのです。つまり、機械やひとが気軽にデータを売買できる時代の始まりです。

前回の記事では、「API」の4つの用法(システムとしての/ビジネスプロセスとしての/共通語としての/国家戦略としての)を見てきましたが、今回はいよいよ「経済圏としての『API』」を取り上げます。

経済圏としての「API

世界では、APIの経済圏(エコノミー)が立ち上がっています。すでに、API設計のための業務工程を支援するツール/サービスが、数多く市場に投入されているのです。

というのも、APIを利用するには、あまたあるWeb APIから目の前の業務に即したものを見つけ出し(検索)、迅速かつ詳細に関連ドキュメントを点検して(読解)、自分が望む結果を得られる仕組みを考え(考察)、それをプログラムとして書き出し(記述)、問題なく動作しているか確かめる(検証)といった作業が求められます。必要なら自社サービスの機能にまで落とし込んで(企画)、接続の安全性や端末間の互換性を確保し(開発)、関連文書を作成する作業(文書化)も求められます。

地道で、大変で、面倒な作業です。エンジニアたちの個人Blogでも、API仕様書の書き方指南や、読みやすい文書の作成に苦しんだことの報告、便利ツールの紹介などが熱心に投稿されています。

1.  APIマネジメント企業

それもあって、APIマネジメントといって、APIを効率的に記述し、管理し、公開するためのツール、手段、サポートが充実しています。関連事業には、Mashape、Apigee、Infochimps、Mashery、Swaggar、Blueprintなどの新興企業が参入しています。彼らがAmazonGoogleFacebookIntelなど大手プラットフォーム企業から出資・買収されるニュースも報じられています。老舗ICT企業でも、CA TechnologiesIBMインテルMicrosoftOracleなどが関連ソリューションを提供。各社は日本でも精力的に啓発活動を行っています。

例えば、富士通やTISはApigeeのツールを取り入れたクラウドサービスを販売しています。BriscolaはMashapeと販売パートナシップを締結しました。ANNAIは、Drupalをベースにしたデータ公開用ソフトウェアDKANの導入サポートを手がけます。「ITR Market View:システム連携/ミドルウェア2016」によれば、日本のAPI管理市場は2015年時点でまだ5億円規模と小さいながら、Mash Up AwardやMeet up Tokyoなどの開発者コミュニティが、いよいよ賑わっていると聞きます。

2. 大規模データ処理のためのAPI

自分からデータを提供するだけがAPIの使い方ではありません。大規模データを預けて、分析してもらい、結果を返してもらうためのサービスもあります。良くも悪くも「人工知能」が世界中で一世を風靡したので、もしかすると、こちらのほうが一般に知られているでしょうか。

大手IT企業が、自前のクラウドサービスと連携させた機械学習ライブラリやその操作ツールを、研究者向けないし一部無料で一般公開する例は、もはや枚挙に暇がありません。サービスでいえばIBM Watson、Google Graph APIAmazon Machine Learning、Microsoft Machine Learning、企業でいえばYahoo!FacebookApple、日本では富士通日立製作所東芝NEC、NTTなどなど。暗号化や匿名化、セキュリティの技術研究の成果も組み合わせながら、驚くべき速さで商用化・実用化が進められています。NTTコミュニケーションズの開発者Blogが、API公開の手引きや事例紹介を早くから行っています。近年の歴史を知るには、データリソース社「米国大手ITベンダーに見る人工知能技術の事業化の方向」の付属年表が端的です。Algorithmiaのように、科学者や分析者が個人開発した機械学習のライブラリを、APIとして売買できるWebサイトまで登場しています。

3. DMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)を用いたAPI連携

デジタルマーケティングの業務部門では、データ・マネジメント・プラットフォーム(DMP)といって、データ分析の担当者が社内外のデータを効率よく収集し、分析するための管理ツールが普及しています。Excelなどの表計算ソフトでは手作業が煩雑すぎるが、かといってRやSPSSのような統計ソフトでは使いこなせる従業員が限られるし、HadoopとかSparkとかRedshiftなんて言われても何のことだかよく分からない。そうしたとき、チーム内のデータを手際よく管理する手段として注目されているのです。

事業部門のニーズに呼応して、元データをcsvファイルでアップロードしたり、RDBMSCRMツール、ERPシステムなどの社内データベースからデータ抽出するだけでなく、Google Analyticsのような汎用分析ツールと連携したり、スマホアプリの操作ログやSNS投稿データ、気象情報やWebメディアが持つオーディエンスデータなど、第三者データをリアルタイムにAPI連携する機能も開発・導入されるようになりました。

周辺領域では、様々な特徴を持ったソフトウェアが登場しています。クラウドサービスとして月額課金で利用できるデータ保有基盤「Treasure Data」、顧客オーディエンスデータの収集・連携に特化した「Intimate Merger」、データの前処理や変換、集計作業を一画面でまとめて操作できる「Alteryx」、グラフの描画や地図へのプロット、検索条件の変更などインタラクティブなデータの視覚化に特化したBIツール「Tableau」、従来のデータ統合技術(ELT)との機能連携を強調し、社内外に散財するデータを「まとめずに、つなぐ(データ仮想化)」ことを標榜する「Denodo Platform」などがあり、どの領域にも数多くの競合製品がひしめく激戦区です。これらの連携にはデータAPIが使われていて、Web広告業界などでは、プラットフォーム間のデータ流通がすでに十分に自動化されていると聞きます。

4. パーソナルAPIアプリ

よりパーソナルで、カジュアルなサービスも登場しています。2010年にスタートしたIFTTT(イフト)は、複数のWebアプリを連携して自動実行する「レシピ」を作成できます。FacebookTwitterEvernoteDropboxGmailなど世界的に人気のWebサービスを取り揃えていて、「レシピ」は351に上ります(2016年9月現在で)。サービス名は「If This, Then That(ああすれば、こうする)」の略称です。例えば「Todoistでcompleteしたタスクを完了タスク一覧としてevernoteにメモ」したら、報告書の作成が楽になりそうです。Webサービス連携でLED照明の色を変更できるPhilip hueと連携して、「Instagramにアップロードした写真のカラーを部屋の照明と同期させる」ことも出来ます。

2015年にはYahoo!ジャパンが、日本版IFTTTともいわれるMy Thingsをローンチしました。ヤフオク!やニコニコ動画、LOHACO、Tポイント、ともだち家電など日本企業のAPIが揃っています。日本語メニューで使えるところも便利ですね。「チャネル」(IFTTTでいう「レシピ」)は50ほどながら(2016年9月現在)、IoT時代の到来を実感できそうです。

API経済圏」の成立条件

これまで見てきた通り、APIの経済圏(エコノミー)には無数の法人・個人が参加し、ひとつのネットワークを形成しています。しかしその一方で、Web APIを用いたサービス開発と比べて、データAPIの提供はまだ発展途上。業務のデジタル化が進んだ業界の、それも先進的な企業の間で、DMPやAPIマネジメントツールを用いたデータ連携が徐々に普及している段階です。

それでは、企業間のデータ流通市場を立ち上げるには、何が求められるのでしょうか。何はさておき、業界ごとの商習慣に沿ったビジネスモデルの検討は求められるでしょう。ここではWeb APIのビジネスモデルを検討しましょう。先行研究による分類例をもとに、次のように整理しました(DMPを用いたデータ連携の生態系はやや複雑なので、「分析技術・学術情報」で詳しく論じます)。

 

図 2 ビジネスモデルの分類(野村総合研究所、ITRの分類を参考に作成) [遠藤圭介・高橋寛, 2016] [内山悟志, 2015]

図 2 ビジネスモデルの分類(野村総合研究所、ITRの分類を参考に作成) [遠藤圭介・高橋寛, 2016] [内山悟志, 2015]

野村総合研究所「IT Solution Frontier」所収「金融分野のAPIエコノミー -オープンAPIが生み出す革新的なサービス-」とダイヤモンド社内山悟志 経営のためのIT」所収「企業に“自前主義”からの脱却を図る『APIエコノミー』とは何か?」を参照しています。

今後、ますます多くの企業・自治体が、自前のAPI提供に取り組むと思われます。誰にどんな価値を提供し、何で収益をあげるのか。最適解の模索がなされるなかで、各業界でどのデータ流通プラットフォームが、自律と安定を手にするのか。各プラットフォームは、互いにどのように棲み分け、助け合うのか。データ流通産業の分水嶺が、いよいよ訪れることになるでしょう。

APIエコノミー」は、何故そう呼ばれたか?

それにしても、APIを「活用する」とはどういうことでしょうか。文書であり、システムであり、ビジネスプロセスでもあって、共通語でも国家戦略でも経済圏でもあるようなものを、どうすれば「活用」したことになるのでしょうか?

ふり返ってみましょう。Web APIが従来のAPI提供と一線を画していたのは、1. API利用者が機能だけでなく、ビジネスやサービスを組み込めるようになったこと(日用化)、2.プログラム開発者だけではなく、無数の働き手や消費者が恩恵を受けられたこと(一般化)、3.API提供者と利用者が直接につながり合えたことです(社会化)。それぞれを詳しく見ていきましょう。

1.  利用メリットの日用化

API利用者にとっては、低コスト・短期間でのサービス開発、顧客とのコンタクトポイント増加、既存製品のサービスレベル向上などが期待されます。対するAPI提供者は、自社サービスのチャネル拡大や、提供データの付加価値の向上、自前で創造できない新たなビジネスの立ち上げが期待できるでしょう。

そんな風に、提供者と利用者が気持ちよく相手とつながるには、APIのコードや仕様書が、読みやすくて書きやすい記述でなければなりません。だからWeb APIの提供者は基本的に、自分で書いたAPI仕様が、不特定多数のAPI利用者に活用されることを意識しています。

用例にも日用的な感覚が表れます。例えば、「ソフトウェアが『こういう情報を教えて(渡して)くれれば、こういうことしてあげる or こういうものを返してあげる』と公開する仕様」 [K.K., 2016]だとか、「他社のプラットフォームの機能を自社のアプリケーションに組み込もうとした場合、一からプログラミングするとかかる手間を省くために、プラットフォーム側の企業が提供するインターフェイス」 [Yahoo! Japan, 2016]といった記述からは、APIが便利で・気軽に使えるものであることが示唆されています。

2. 関連サービスの一般化

一般の方がAPIサービスを体験することも「当たり前」に近いものになりました。気の利いたホテルなら、館内の端末からUberの配車サービスや、Open Tableのレストラン手配サービスが使えるでしょう。家計簿アプリで証券口座や銀行口座を一元管理する方も増えていますね。あなたが起業を志したなら、大手銀行のWebサイトで、法人口座の開設と必要書類の作成を行えるワンストップサービスを試してみる価値はあります。あなたがまだ学生で、ソーシャルメディアに外部アプリを連携して楽しんでいるなら、API連携でよく使われる仕組み「OAuth」を用いた確認画面を見たことがあるはずです。

公共機関が提供するサービスも増えています。オープンデータ政策の一環です。政府省庁は多くの調査データを「e-Stat」にまとめています。地方自治体はデータカタログサイトで、避難所やトイレの場所、観光地情報などを公開しています。私たちはこれらのデータをWeb API経由で取得できます。市民参加型のハッカソンを開催して、これらのデータを使ったスマホアプリが共同開発された例も増えました。

学術論文を検索・共有する分野でも、オープン・アクセスを掲げ、早くからAPI開発に取り組んできました。国会図書館サーチやCiNiiのWeb APIなど公共機関によるものだけでなく、トムソン・ロイター社の学術情報ソリューション、図書館検索サービス「カーリル」、論文管理ソフト「Mendeley」など、民間事業者も積極的にAPI提供を行っています。

3. コミュニティの社会化

多くのオンライン・コミュニティがそうであったように、Web APIに関わる人たちは、API提供者と利用者が直接につながり合えたことで、分野ごとに独自の社会ネットワークを形成して来ました。この営みを理解する補助線として、シェアリング・エコノミーの思想は真っ先に参考になるでしょう。

その典型として名高いUberは、ドライバーにクラウド型の雇用を、消費者により小さな単位での自動車利用を提供しています(APIエコノミーの解説記事では定番の事例です)。

もちろん一方では、過重労働や制度違反、旧来の商習慣との軋轢、利用者間トラブルなどの懸念も指摘されます。また他方では、余計なコストをかけずに良質なサービスを手に入れたいという、私たち生活者の知恵と工夫の進歩があります。そしてその背後には、高度に管理された部品調達の商流や、極限まで効率化された工場生産、盤石な製品供給網を築き上げた、自動車産業界の工夫と奮闘の歴史があります。

提供者と利用者の役割に流動性があることも特徴的です。今日のドライバーは明日の乗客かもしれませんし、カーマニアの整備工員にクラシックカーを貸した人が、運転免許を持たない家族と旅するためにキャンピングカーを借りる日もあるでしょう。

そもそも「Share」という語は、「分け合う、共有する」といった用法だけでなく、「役割を担う、負担する」「一緒になる、一致する」といったニュアンスでも使われます。データ産業でも同じように、購買の単位が小口化され、いつでも好きな単位(時間、量)で手に入るなら、データを「所有」する意味は薄れるでしょう。小単位の「流通」が簡単になれば、自社のデータに新たな価値が与えられるかもしれません。代わりに、セキュリティ、プライバシー、役割分担、組織運営、企画づくり、価格設定、ユーザ目線の意識など、留意すべきことも際限なく増えて行きますが。

いずれにせよ、これからデータ流通について学びたい方は、オープンAPIに関わる人々が、かつてある種の開かれた社会を作り出して来たことに注目すべきかもしれません。非常識と無作法がもたらす悪事や粗相、誤解も起きていますし、実際の業務現場は猥雑で泥臭いものですが、理想的にいって、エコノミー(経済圏)とは善意と気配りで支えられる公共の空間であるべきだからです。

参考文献リスト

こちらのページにて、本記事の参考文献リストを掲載しています。

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(著作:清水響子+編集部 編集・構成:編集部)