データ流通市場の歩き方

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多様化する生活者データを俯瞰する #1 パーソナルデータの位置付けはどう変わってきたか

データ流通ことはじめバナー画像こんにちは。本連載では、データ流通市場に関連する用語や、業界動向を解説しています。今回のテーマは「家庭と暮らし」。マス化するインターネットが「日本の家庭」にもたらした変化を追ってみようと思います。

インターネットが名実ともにマスメディアとなり、個人がパーソナルデータを自己管理できるようになった時代に、ますます個別化する「家庭と暮らし」を、私たちはどのように理解すればいいのでしょうか?

情報化は暮らしをどう変えたのか

インターネットの商用化から30年が経とうとしています。

「言語と国境を越えたコミュニケーション」のできる「不眠不休の情報ネットワーク」が、「無限の知識データベース」として「だれもが表現者になれる時代」の「いつでも、どこにいても快適な」「あなたにぴったりの生活スタイル」を「ストレスや遅延、無駄なコストなしで」探し、見つけ、手に取り、分かち合える。

そんな未来が夢見られていた頃、その最先端で働いてきた技術者たちも、いまではすっかりおじいさん。 ”日本のインターネットの父”村井純氏は、2015年に70歳になったそう。

「平成」が終わり、「令和」の元号も馴染んできた今、「昭和」を知らない子供たちが30代に突入しています。蔓延するフェイクニュース、増えつづける動画広告、嵐のようなヘイトスピーチ。個人情報の流出事故も、ソーシャルメディアの炎上事件も、いまではすっかり日常茶飯事になりました。デジタルネイティブの成長とともに進歩してきた情報社会は、私たちの「暮らし」をどう変えたのでしょう? 

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だれでも簡単に「私生活」を貯められる?

私たちは日常生活のなかで、知らず知らずのうちにデータを生み出しています。毎食の料理を撮り貯める人も、睡眠時間をスマホアプリで管理する人もいるでしょう。4年ほど前のことですが、顔写真を30年間も撮り続けて、その変遷を2分の動画にまとめ、Youtubeに投稿したアメリカ人男性が話題になりました。(出典)実に11,000枚以上に及ぶ撮影データは、それだけで貴重な資料です。「毎日コツコツ積み重ねる」作業に畏怖の念を禁じ得ません。

その最たるものが日記でしょう。天気や着た衣服、食事のメニュー、面会者、労働時間など、とにかく記録してさえあれば、ふとした時の備忘録として役に立ちます。一つひとつのデータは、個人の一瞬を切りとっただけでも、それを多くの人が積み重ねれば、社会の「動き」を掴むことにも応用できます。

それらは、パーソナルデータと総称されます。少し調べたところ、歴史的には1940年代からPersonal Dataへの関心があるようです。それは1995年に急増したあと、2001年にピークを迎え、その後は2008年にかけて、ゆるやかに低下していきます。


図1:Google N-gram「Personal Data, Personal Information, Personal history, Personal computer」

それ以降は──N-gramにデータがないので、Google Trendsで見ると──、直近10年間で目立った上昇は見られず、横ばいから微減のトレンド(図2)。他方で、Social media(ソーシャルメディア)やFake news(フェイクニュース)が桁違いに伸びています(図3)。 

 

図2:Google Trends「Personal Data, Personal Information, Personal history, Personal computer」

 

図3:Google Trends「personal data, fake news, social media, privacy」

生活者の多くは、「暮らしの記録」をさまざまな端末・サービスに蓄積していますが、それらを「パーソナルデータ」として意識的に利用しているひとは、まだまだ増えていないのでしょう。

「身近な暮らし」記録法の歴史

無名の個人が長年かけてコツコツと作り貯めた生活雑記に、なんらかの価値が見出せないか。 こうした考え方は、日本では大正時代の初頭から見られます。鈴木三重吉「綴方教室」(1937)や柳壮悦「民藝運動」、プロレタリア文学など、「ふつうの」人々の「生き方・働き方」を記録し、評価しようとする文化運動です。ふり返れば、紙の「雑誌」だってそのために編集されてきたもの。日本の生活雑誌は、「身近な暮らし」の応援団でした。

時代につれて、記録技術が発達するとともに、保存方法は「執筆」ではなく「撮影」に、「撮影」から「投稿」に、「投稿」から「配信」に変わります。1980年代以降には、ビデオカメラやインスタントフィルムが普及したことで、セルフドキュメンタリーやホームビデオ、家族アルバムなどがひとつの文化として定着します。その早い例に、鈴木志郎康による「15日間」(1980)があるでしょう。映像作家で詩人の作品です。私生活を動画作品にして公表するという意味では、「snapchat」や「showroom」の遠い遠い祖先です。

1990年代には家庭用コンピュータが急速に普及し、「暮らしの記録を簡単に集める」ことを後押ししました。ケータイ電話の普及につれ、個人ホームページや匿名掲示板、プロフィール共有サイトが、生活日誌を「投稿」する場として活用され始めます。

早くも2003年には、「ライフログ」という言葉が学術論文で使われていました(「ライフログビデオのためのコンテキスト推定」(元論文))。2003年から2004年は、日本でも関連サービスが相次いで登場した「ブログ元年」だとも言われる年です。mixiGREEAmebaブログがサービスを開始します。

本人の私生活が丸一日インターネット上で生中継された「なすびの部屋」(1998, 日本テレビ)を覚えていますか。これらを先駆すぎる実験例として、それから15年の歳月のなかで、「私生活を公開して(その視聴数に応じた寄付や広告収入で)稼ぐ」ことは、芸術家やジャーナリスト、芸能人だけの特権ではなくなっていくのです。

成熟するソーシャルメディアの需要と供給

2004年には、言わずと知れたFacebookが登場します。Youtubeは2005年、Twitterは2006年とやや遅いですが、それでも10年以上前のこと。2010年にはFacebookのアクティブユーザ数が5億人を突破。2012年にはYoutubeの月間アクティブユーザ数が1,000万人を超えます。ソーシャルメディアは世界的に普及していき、情報端末の主流もパソコンからスマートフォンへと移り変わります。2000年代後半には、日本国内でもソーシャルメディアのデータを用いた学術研究が盛んに。2012年にはNTTデータTwitterと「データ再販(Data Reseller)」契約を結ぶなど、商用利用も注目され始めます。

やがて、投稿データの利用価値が専門家に知られ始めると、その危険性を訴える声も広がります。Twitter「全Tweet履歴をリクエストする」(2013)の提供や、エドワード・スノーデンによるNSAの個人情報収集の告発と機を同じくするように、オランダの若手記者ショウン・バックルスが、「Data for Sale」(2014)と題して、自身のプロフィール、位置情報、トレーニング記録、予定表、Eメール履歴、オンライン投稿、Web閲覧履歴、購買情報などを公開オークションで競売する企画を行いました。もっとも、ショウン自身も、落札者のThe Next Webも、「個人情報で稼ぐ」つもりはなく、米国IT企業がデータを寡占していく潮流に一石を投じることが狙いだったようですが。 

その後もプラットフォーム企業は地球全土に拡大していき、高齢者や児童など、ITリテラシーの低い年齢層にも手にとられるようになります。「瞬殺のコルバルト」(2016)のように、未成年による意図しない個人情報の漏洩も問題視(?)され、EU一般データ保護規則の採択(2016)など国際外交上の懸念と圧力が高まると、大手IT企業は相次いで、「Google Takeout」(2016)に代表される「個人ユーザが自身のデータを取得・管理できる機能」を提供するようになりました。

パーソナルデータが「儲かる」という期待の終わり

(今年5月に経営破綻した)ケンブリッジ・アナリティカ社によるFacebookデータの不正な外部持ち出し(2018)が、政治不正疑惑もあって、国際世論に衝撃を与えたことは、みなさんの記憶にも新しいはずです。Facebook社はプライバシー設定の改善と外部業者の厳格な再審査を表明しましたが、この事件は、生活者が企業にデータを喜んで提供する気分をじわじわと委縮させるでしょう。

かたや日本のITベンチャーは、ある種の原理主義に向かっていて、タイムバンク(2018)やVALU(2018)のように「個人の可処分時間を直接に取引させる」サービスが登場します。メルカリやBASEといった、個人間決済・配送サービスの急成長は、もはや言わずもがな。また、大まかな見通しとして、2020年頃まではセンサー端末の台数が増え、動画データの流通量が激増し、コンテンツ配信ネットワークがオンライン・トラフィックの70%以上を占有すると言われています(シスコシステムズ合同会社「ゼタバイト時代:トレンドと分析」(2017)より)。

四半世紀近く期待され続けてきた、一般人の創発的なコミュニケーション消費がもてはやされた時代は、いよいよ終わりを迎えるのでしょう。スマートフォンの画面の向こうは、ネット世論に支持された有名人によるコンテンツ配信と、物品や金銭の直接取引と、大予算で作られた映像の共同視聴を行う、「いくつかの閉ざされた公共の場」として統合され、洗練され、健全化していくのでしょう。インターネットが、名実ともにマスメディアになるということです。

いま、私生活データから社会を見渡すには?

そんな時代にあって、私生活に関する膨大なデータから社会の動きを見渡すことは、簡単なことではありません。そこで私たち編集部では、「家庭と暮らし」にまつわる調査やデータベース、公開アーカイヴを集め、16区分に分けて整理することを試してみようと思います。

次回の記事で、それぞれの区分に典型的な事例を取りあげ、その分野でどういったデータが生み出されているかを紹介・解説する予定です。どうぞご期待ください!

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(著作:福田千津子+編集部 編集・構成:編集部)