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【イベントレポート】組織の「わかりあえなさ」をつなぐデータ共用(後編)

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ビジネス・学術それぞれの現場から「データ共用」の実践者を招いて行われたミニシンポジウム「組織の「わかりあえなさ」をつなぐデータ共用」が開かれました。前編では東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻助教の早矢仕晃章さんがデータ市場の構造やエコシステムを解説。後編では株式会社オズマピーアール 統合コミュニケーション戦略部部長の登坂泰斗さんより、ビジネス現場でデータを有効に活用するためにどのような組織づくりが求められるかというテーマでお話いただきました。

 

前編記事はこちらから

blog.j-dex.co.jp

 

登坂泰斗(株式会社オズマピーアール

 よろしくお願いします。まず、先の早矢仕先生によるデータを中心としたネットワークやコミュニケーションに関するお話と、私の発表には響き合うところがあると思っています。そこを少し話しますね。

 両者をつなぐのは「データを中心とした組織」というキーワードかなと思います。データがどこにあるかって本当に可視化されていないんですよ。早矢仕先生に見せていただいたような、あそこまで複雑なデータのネットワークは組織内にないかもしれませんが、隣の部署にすらどんなデータがあるかわからないことがビジネス現場ではよくあります。それぞれの部署・部門において独自にデータ獲得と効果検証が行われていて、連携されていないという。

 昔から「組織を横串に」なんて言われますが、縦割りの組織はなかなか減りません。この問題の本質がデータ共用に現れているといえます。データ活用がうまくいかない根本的な原因は、組織内においてデータの共有がきちんとできていないから。一見単純な問題ですが、無視できません。マーケティングやPRの現場では、KPIやKGIといった目標を立てますが、組織が縦割りのままではなかなか機能しないですからね。

 

現象をデータで可視化する

登坂

 少し回り道になりますが、この問題に向き合うために、SNS上でのマーケティングやプロモーションに関する事例を紹介したいと思います。SNS上でバズのような現象を引き起こすためには、現象をきちんとデータによって可視化することが大切です。

 あるときスウィーツ店さんに行列をつくるという仕事をしたことがあります。かつては行列が行列を呼ぶという言葉もありました。。しかし、いまはそういう時代ではありませんよね。行列に並ぶ人の動きを細かくデータで見ていきますと、はじめはTwitterで話題の投稿をチェックして、次にInstagramでそれを検索して、Googleで詳細な情報を検索して、そこで購入を決め、最後にその体験をSNSでシェアする、これが実際に行列に並ぶ人の行動だったんです。

 そこでSNSを起点とするプロモーションを展開したのですが、終わった後にデータを見たところ、スウィーツ店に並ぶ人のおよそ7割がTwitterを起点に行動していたということがわかりました。別の大ヒットしているスウィーツ店さんも事前に分析したのですが、そこでもSNSで盛り上がるプロセスはほとんど同じでした。私たちはその分析をトレースするように施策を行い、ほとんど同様のプロセスで実際にバズったというわけです。

図版3 当日投影資料より転載

 上島さんや早矢仕先生と一緒にやっていくなかで、SNSやウェブメディアが消費者にどういう影響を与えているかもわかってきました。たとえば、Twitterがバズっているときにはウェブメディアも反応しているとか、Twitterでバズらせた人がInstagramに投稿し社会現象になってそれをメディアが後追い取材しているとか、テレビはさらにそのあと来るけれど露出としては大きいとか、そういった定型パターンが見えてきます。これは「Instagramで話題になることがマーケティングの鍵だ」といった一時期流行った言説とは違います。どういう順番で話題がつくられるのか、プラットフォームやメディアの影響関係はどうなっているのかといった点に気がつくことができたのは大きい発見です。

 これまではデータがないですから、こういった複合的なマーケティング施策をきちんと分析することができませんでした。行列ができる理由をデータで知る方法がないから、マーケティングは「担当者の勘」に頼るしかありませんでした。いまでも優れたマーケターの勘はデータに勝ることがありますが、マーケティングの勘に頼っていては、その人がいなくなったら失敗してしまいますよね。属人性の高い手法はデータ以前の世界では成立していましたが、もはやそうではないのです。

 

データの分断と組織の分断

登坂

 さて、こうした事例は組織の縦割りやデータ共有の問題とどのようにかかわっているのでしょうか。それはデータを取得する部署の分断にあります。たとえばですが、私たちがPRを手掛けるとき、メディア露出に関するデータはたいてい広報部が持っています。しかし、ウェブメディアやSNSに関するデータは意外と持っていなくて、それはマーケティング部にある。また、もしECがメインの会社であれば、そのデータはデジタル関連の部署がまた別で持っています。データを取得する部署の分断は、データの分断を生むわけです。

 こうなってしまうと、先ほどのようにさまざまなメディアやプラットフォームのデータを組み合わせて分析し、施策を立案することもできません。ある会社の施策立案および実施のプロセスでは、リサーチや戦略の策定はマーケティング部、それに基づいてメディアの広告をつくるのはCMのプランナー、デジタル広告はさらに別でデジタルマーケティング部というように分かれています。さらに現場まで見れば店頭で営業部が販促活動をやっていますよね。これらの人々が連携しないまま施策を展開し、最終的にはそれぞれの部署ごとで効果検証をする。こういうやり方で個別の効果指標を足し合わせても、大きなブランド戦略やコミュニケーション戦略のKGI──要するに売上ですね、を達成できるかは大きな疑問が残るというわけです。

 もしデータ連携ができていて、すべての部署が共通の指標としてのデータを持つことができれば、本当の意味でのPDCAを回すことができるようになります。たとえば、InstagramFacebookはフォロワー数、広報はメディアの露出数、タイアップ広告はPV数、SNS広告はクリック率あたりをKPIにしていたとしても、ただ各自で目標を追いかけるのではなく、それらのデータや数字がどのように連携しているかを知り、最終的なKGIを追いかけるマーケティングができるようになるのです。

 さらに実態に即して言うならば、広報部とデジタルマーケティング部のデータをしっかり連携できると非常にいいと思います。たいていの場合、広報部にはデジタルアレルギーがありますし、デジタルマーケティング部は広報への興味関心が薄いからです。マーケティング部が両者を見てることはあっても、三者がそれぞれ互いの動きに関心を持っている状態の組織はなかなかありません。ここでそれぞれが持っているデータを共通のテーブルに可視化することができたら、データという共通言語を介してコミュニケーションできるようになるのです。

 たとえば、夏に商業施設で売るかき氷をプロモーションするとしましょう。かき氷は真夏なら売れ線ですから、販促を担う部署の方々は力を入れますよね。この動きに広報部が注目して、しっかりメディアとコミュニケーションをすればテレビで取り上げてもらうことができるでしょう。しかし、これだけでは店舗担当者と広報部の連携にすぎません。テレビで取り上げられたら、Googleで「かき氷」とその番組名で検索する人がたくさん出てきますよね。もしデジタルマーケティング部の人とも連携が取れていたら、リスティング広告を打ったり、SEOを強化したりして、さらに大きな成果をあげることができるというわけです。かき氷のような季節もののキャンペーンであれば、春にはやることが決まっているわけで、その段階から仕込んでおけばきちんと刈り取りできる。

 これって簡単な話にみえますよね。実際、そんなに難しいテクニックは必要ではありません。ただデータを共有し、それをもとにコミュニケーションができていれば実現できるのです。しかし、実際にこういうことができている会社は見たことがありません。

 

Google Analytics

登坂

 データ分析を進めていくうえでは、まずGoogle Analyticsを使うのがいいかなと思います。無償で使えますから、共通テーブルを作るにはもってこいですね。最初に申し上げたように、それぞれがアウトプットを積み上げて効果検証も各自でやるというのは既に時代遅れですし、PDCAを数字で回していくことももはやデジタルマーケティングのものだけではありません。すべての施策を貫くアウトカム指標をベースに全体を評価することが大切です。そのためにも、Google Analyticsでまず共通テーブルをつくりたいですね。

 Google Analyticsが導入できたら、PVなど基本的な指標でいいので、大きな山ができているところに注目したいです。もしかすると、デジタルマーケティング部が知らないようなテレビ露出など広報関連の動きがあるかもしれません。デジタル広告はどうしても効率化を目指すため、焼き畑的な動きになりがちです。マスメディアでの紹介を通じて獲得された新規ユーザーをきちんと捕捉できれば、新しいデモグラデモグラフィック=人口統計学的属性)のイメージをつくり、その層に広告を打つこともできるようになります。

 もちろん、さらに深めていこうとすれば、オリジナルのプラットフォームを構築したり、いろいろなデータを掛け合わせられる仕組みをつくったりといったアクションも必要になるでしょう。特にSNSへの露出数は重要でありながらGoogle Analyticsでは連携が難しいですね。私の場合は、Google Analyticsをベースとしつつ、TableauにSNSのデータや外から取得した検索のデータなどを組み合わせて分析しています。そういったさまざまな数字がありながらも、サイトのセッション数を共通のアウトカムとして設定してKGIを算出することで全体の施策の整合性を取るわけですね。

 共通テーブルを見ることにくわえて、共通カレンダーを持つことが重要です。年間の施策がいつどういうかたちで行われるのかといった基本的なカレンダーや予定されているイベントも、言ってみればデータですよね。先ほどお話したテレビの紹介も、決まった季節に露出するとわかっていることがありますから、データを事前に確認しておけばマーケティングにつなげられるのです。

 私の話は以上となります。最後に、繰り返しになりますけれども、共通テーブルを持たないと共通言語は生まれません。逆に言えば、それさえできればデータという共通言語をもとに話すことができますし、組織の壁も打破できるのです。

 

追わなくていい数字を見つける

上島邦彦(株式会社日本データ取引所)

 登坂さんが「テーブル」とおっしゃるとき、3つの意味が含まれていますね。1つ目は、共通の指標。2つ目は、文字通りみんなで見ることができる画面。3つ目が実際に画面を見ながら会話する場所や会議体。共通の指標を、みんなで画面に表示し、それについて話す。それによって組織の壁を打破していくというお話だと受け取りました。

 

登坂

 まさにそのとおりです。早矢仕先生の感想も気になるのですが、いかがでしょうか。あまりにも現場の小さな話をしてしまったような気もして。

 

早矢仕晃章(東京大学

 とんでもない。ここ数年登坂さんと仕事をするなかで、こういったビジネスの現場の知見を共有し、啓発活動を進める姿を見てきました。今日のお話を伺っていて、改めて組織の壁について少しずつわかってきたような感じがします。少し伺ってみたいのは、こういう啓蒙的な仕事をするなかでの苦労や成果についてでしょうか。

 

登坂

 正直、啓発活動が本当の意味で実った会社さんは2、3社くらいですかね。やはり組織内では予算の壁が非常に大きいため、「部署ごとの予算に対してデータで検証する」という発想から抜け出すことが難しい。しかし、やると決めた会社さんでは本当に効果が上がっていますよ。

 

上島

 効果が上がりやすい企業の傾向はありますか?

 

登坂

 お答えになるかわかりませんが、うまくいった会社の例で言うと、数字をもともと「売上に直結するなら、みんなで数字を見る」という意識がありました。

 はじめは広報部から仕事を受けて、次はデジタルマーケ部から受けて、と案件をこなしていくなかで「このデータを統合しませんか?」と私たちから持ちかけました。試しに統合したものをお見せしながら話していくと、少しずつ「やってみようか」という感じになっていきました。

 広報部とデジタルマーケ部のアクションで一緒にできそうな部分が見えてきて、広告のキーワードを揃えてみようかとか、PR側でつくったファクトをデジタルマーケ側でバナーに使ってみようかとか、小さい点がひとつずつつながり、小さな成果が生まれる。それによって「やっぱり全体のデータ統合が必要だね」という認識が醸成されていきました。

 ほかにうまくいった会社さんは、私たちにデータの獲得や分析を任せてくださったところです。いきなり分析結果をすべてお見せするとアレルギーが出てしまうので、わかりやすい指標をひとつ選んでご紹介するようにしました。その指標もExcelでは見せずに、TableauをPower Pointに貼り付けたものを使いました。少しずつお見せする指標を増やしながら「この指標とこの指標って連携できそうですよね」みたいなお話を1年間ぐらい地道にさせていただいて、それで初めて「やっぱり連携してみよう」ということになりました。

 会議体を変えることも重要です。縦割りのセクションで行っている会議とは別に全体会議等を行うことで、施策全体の効果や価値が見えてくるので、この活動は数字を追う、ここは追わないというところが明確になりました。

 

上島

 追わなくていい数字、使わなくていいデータが見えてくるのは非常に重要ですよね。早矢仕先生のネットワーク図でいえば、媒介中心性や次数中心性が高い部分は重点的に見るけれども、その外側は外してしまえる。

 

早矢仕

 そうですね。ただ、私の作成したネットワークの場合は、すでに十分なデータがあったうえでの分析になります。他方で登坂さんがおっしゃっていたTwitterInstagramのデータ収集と分析のお話などは、いつからいつまでのデータを見るべきか考えるだけでも勘どころのようなものが求められそうです。さらに、業界によってその勘どころも変わってくるわけですよね。そうした知見が共通言語として使えるようになったら新しい可能性が拓けるのではないでしょうか。

 

登坂

 ありがとうございます。おっしゃるとおりで、データをどのくらいの期間で見るべきかは、個別のプロモーションを考えるときと施策全体を考えるときとで違っています。その勘どころはだんだんとわかってくるものですが、まずは「みんなでやる」ということが本当に大切なんですよね。

 「このあたりに価値あるデータがありそうだ」とか「年間の施策カレンダーを確認してそれに合わせて全体で動こう」とかって、一般論としてはわかっていたり、個々の部署単位ではできていたりします。しかし、全体のことになると途端にわからなくなるんです。そこで全体会ができると、私が「このデータとこのデータはつなげられますね」とか「この指標は全体で確認すると効果的ですね」とかってみんなに伝えることができます。そういう取り組み自体が組織の壁を超えてデータを活かすうえでは重要なのだと思います。

 

上島

 みんなで共通の「テーブル」を揃えることで、分析結果だけではなく、データを活かそうとする姿勢が身についていったわけですね。

日本の企業組織のあらゆるところで、「隣の部署がなにを知っているのか、どんなデータを持っているのかを知らない」という現象が起こっています。登坂さんのお話からは、それを乗り越える一歩をチームで踏み出されていると感じました。

 といったところで、まだまだ語り足りないですが、これにて1回目のミニ・シンポジウムを終わります。早矢仕先生、登坂さん、ありがとうございました。

 

編集:瀬下翔太

協力:森実南

企画・制作:「データ流通市場の歩き方」編集部

 

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